先生は私が冗談でやっていると思って、

ヘラヘラして私がさっきやったように手を差し伸べた。
「こら、志摩。返しなさい」
確かに、中学生の私ならこんな真似は絶対できない。

「私と朝までいてくれると約束してくれませんか?」

私は酒の勢いも借りて、ずっと思っていた言葉を口にしていた。私の発言で、冗談ではやってないと気がついたのか、顔色が変わった。


「それはできない、だって」

「“先生と生徒だから”?」
ぐっ、と押し黙る気配がした。

「先生は私からトランペットも、好意も取り上げるだけ取り上げて、自分は結婚してるからって逃げるのずるくないですか?」

先生は
何を考え、感じているんだろう。表情からはよく読み取れなかった。
私の無礼に怒ったんだろうか。

中学生の頃の私は、自分の意見を胸のうちで煮詰めるしかできなかった。

爪を噛む、トランペットを吹く、それしか表現方法がなかった。

言いなりだった私が、いきなりこんな暴論を振りかぶるのも怖いと思ったのかもしれない。
いろんなパターンを考える。

先生はため息をついた。

「あっちに車がある。乗りなよ。朝まで付き合うよ。その代わり、指輪は返して」


「同窓会、いかないんですか?」
「行っても仕方ない」