先生は静かにタバコを持たない左手を私の前に出した。
薬指には見たことない銀色の輪がはめられていた。
それを意味することが分からないほど、私は馬鹿じゃない。


「2年前に、結婚したんだ」

「…先生、結婚とかするんですね」 

「それは僕が一番思ってる」

「今日は、今まで知らなかった先生を結構見た気がします」

びっくりしすぎて、単調なチープなセリフしか出ない。


私の中の先生と今目の前にいる先生は、全く別人なのか。

私の中を生きる神様は、タバコ吸わないし家庭なんか持たない。

俗世から2歩後ろを離れて歩いているような人だったのに。

「それ、よく見せてください。内側、文字とか彫ってるんでしょう?」

手を先生に差し伸べると、素直に指から指輪を抜いて、私の手のひらにおいた。


スマホより軽いくせに役に立たないこの輪で、先生を独り占めできる人間の存在が憎い。

私の方が先に先生を崇めていたのに。


私は、それを素早く自分のポシェットにしまった。