「返事ってなに?」

「私、先生が好きです。そう卒業式でお伝えしたはずです」

「僕、返事してないっけ」

ふわり、また煙がゆれる。そして消える。それを繰り返しながら何度も先生の顔を霞ませる。

先生はいつだって答えに導いてくれた。
将来の私に答えを委ねたのだって、
未来への道しるべを示したようなものだった。と当時の私は思いたかった。

進学先で、吹奏楽部には目もくれず、バイトに明け暮れたのはその未来になった時の資金集めだった。

「大人になって、再会することがあれば返事をするって」

「うわ、曖昧に逃げてるな。その返事」

しっかり息を吸い、吐いた時には煙がもくもくと先生の顔を隠した。笑ったような、呆れたような顔だった気がした。見たことありそうでない、私の記憶にはない顔ばかりさっきから見ている。

「5年、だよ。志摩だって高校、大学ときて、僕よりずっといい人いたでしょう。それが答え」
「いないから今、私はここにいます」

「うーん」

先生は少しだけ困ったような、めんどくさそうな顔をした。
さっきから、はっきりした表現をしない。

学生の告白をあしらったのにこんなに真剣に詰められるだなんて思ってなかったに違いない。

そんなの今の私なら予想済みだ。
ちら、と目線が私からそれた。
顎のラインがスッキリ見える。無駄な肉がついていない横顔を、ピアノを弾く先生をずっと見ていた。見慣れた顔だった。