家に招かれると、私はいきなり突拍子もないお願いをされた。

 「あ、あの、若葉さん!僕の彼女に…」
 
 「え!?ちょっと、いきなり…待って…」

 私は一瞬冗談かと思ったら、彼の眼は本気だった。うそでしょ!?そしてあまりに真剣な目でお願いされたので、仕方なく私は…

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 私は田村若葉。今日もいい天気で講義もない!何をしようか悩んでいたところ、こないだキツネ仮面の男からもらった本を思い出した。そう言えばこの本を開けることで…またあの世界に行けるんだっけ?どうしようかな。

 今日はあっちの世界での仕事もないし、現実世界でも特にやりたいことはない。…となれば

 「よし、行っちゃえ!」

 そう思って私は例の本を思い切って開けた。すると本はすぐに輝き出し、本から出た光が私を包み込んだ。私はとっさにも目を伏せる。

 「うっ!」

 次に目を開けると、またあの世界に来ていた。こないだまでいたあの世界。元の世界に帰るためにあちこち探索したりちょっと不思議なコーヒーを飲んだりした、あの世界だ。そしてこの世界に来た途端、ここが異世界のどの場所なのかをすぐに思い出した。…あのキツネ仮面の事務所だ。そうだった。異世界で最後にいた場所だった。

 見たところキツネ仮面の男はいない。外出中だろうか?まあいいや。今日はあの男に用はないし、事務所の入り口から出てここで何するかを考えた。まだ行ってないカフェにでも行こうか?それかたまにはスポッチャ的な場所で遊ぶか…(そもそもこの世界にアミューズメント施設ってあるの?)

 これから向かう場所を考えながら、私はスマホに搭載されているアプリ(前回キツネ男が入れてくれた)のポイント残高をチェックした。まだ仕事は1回もないが5000ポイントはチャージされていた(初回のみ5000ポイントプレゼントというありがたいサービス)。ちなみにこのポイントは私が普段いる世界の現金と全く同じ換算で、5000ポイント=5000円ということだ。つまり私は今5000円を所持しているのである。…いや普通に考えたら金欠だ!

 など1人で勝手に突っ込んでいると、奥から1人の影が歩いているのが見えた。その人は見た目男性で灰色の髪に白のパーカーを着ており、目線はやや下を向いていた。…何か嫌な事でもあったのだろうか?本来赤の他人に話しかけることはないのだが、どうしても私は、あの疲れているような表情が気になったので声をかけてみた。

 「あの…どうかされました?」

 「…!!」

 するとその男性はゆっくりこちらに顔を上げると、目を丸くした。それはまるで珍しいものを見るかのような目だった。…え、何?私って珍しい?いや能力的な意味では当たってるけど…。

 「私がどうかしましたか?」

 「あ、あああの、わた…僕はソラっていいます…。あなたは、お名前は…」

 「若葉です。何か疲れているように見えましたが、どうかされましたか?」

 「…」

 なぜかあたふたしていた。と言うか今、私って言いかけた?するとソラと名乗る人はずっとこちらを見つめていた。え、何怖いんですが…。すると次の瞬間、ソラさんはあまりに予想外なことを言い出した。

 「あの、良かったらぼ、僕の家に来てくれませんか?」

 「???????」

 めちゃくちゃ頭の中にはてなが浮かんだ。え、見知らぬ人にいきなり「家に来て」なんていう人初めて見たんだけど…。まってやっぱりやばい人だったわ。よし逃げよう。…と思った次の瞬間。

 「この世界のイチオシコーヒーとケーキも用意していますので、どうか…!」
 
 「ぜひ行きます」

 自分でも絶望するくらいまでにちょろい私であった。そうして私は気づいたらソラさんの自宅に来ており、ソラさんの言ってた通りコーヒーとケーキが用意されていた。見た目はコーヒーもケーキも私の住んでいる現実世界と大差ないように見えたが、いざ口にしてみると、これまた変わった味がした。まるでこないだ寄った喫茶店で飲んだ、アルコール入りコーヒーの味のようだった。

 「…美味しいです。」

 「それは良かったです。」

 出されたお菓子はとっても美味しく、感謝した私だがそれはそれとして聞くべきことがある。

 「あの、なぜいきなり私を家に…?」

 「すみませんいきなり強引に。」

 軽くソラさんの家を見渡してみた。普通に片付いていてきれいであり家具やカーテン、カーペットの色とかも青や白といったクール寄り。さらに棚の上には男性キャラクターのアニメグッズが多く飾られ、いかにも男性の部屋だなと感じる。そう思っているとソラさんはいきなり私の手を握ってきた。そしてここでもまた信じられないことを言ってきた。

 「あ、あの、若葉さん!僕の彼女に…」
 
 「え!?ちょっと、いきなり…待って…」

 いきなり知らない女性を家に招き入れて、次は告白かい!普通に考えてありえない。怖い!そう思った私は逃げる準備をしていた。ところがソラさんはさっきよりも強く私の手を握ってきた。…あれ?

 なぜか私はソラさんの手の感触から違和感を持った。なんというか、男性のような肌の厚さやごつさを感じない、どちらかと言うとしなやかで細く、柔らかい感触があった。そういえばここは何かしらのコンプレックスを持った人だけが招かれる異世界。じゃあこの人はもしかして…私の思ってる通りとしたらなおさらこの告白は受け入れられなかった。

 「…ごめんなさい、私もう帰ります。コーヒーとケーキどうもありがとうございました。」

 「え、そんな、待ってください!まだ話は…」

 (バタン!)

 気づいたら、私はソラさんの家からなるべく遠く離れるまで全速力で走っていた。どれくらい走っただろうか?息が切れることすら忘れて走っていた私は、ここまで来たら大丈夫だろうという距離まで逃げていた。そしてようやく疲労を感じ、近くのベンチで一休みした。
 
 もちろん怖かった。いきなり知らない男性から家に招かれ、手を握られ告白される…。そんな思いもあったが同時に私が感じたのは

 「そういう価値観もあるんだな」

 きっとソラさんがこの異世界に来れた理由でもあったと思った。