俺は今から、初恋の相手を傷つける。
牡瓦冬香(おがわらふゆか)とは中学の頃からの仲で去年の修学旅行のときに告白された。俺は好きでも嫌いでもなかったけどそんな状態で付き合うのは牡瓦に悪いと思って振った。
牡瓦は「ありがとう。諦めるね。」そう言って修学旅行が終わったあとに髪をバッサリと切っていた。
 俺はあのとき言えなかったんだ。牡瓦の長くてツヤのあるあの髪をいつも目で追っていたんだって、最後まで言えなかった。
 明日は高校最後の高総体。牡瓦は怪我をしていて十分には練習できていなかった。だから勇気づけてやるべきかなと思った。
『お前は俺と違って陰キャなんだから出しゃばらずにいつも通り下から3番目取れよ笑』
本当に回りくどい言い方しかできないなと思いつつメールを送信した。
『自分のこと陽キャだと思い込んでるやつに言われたくないよ』
すぐに牡瓦から返信が来た。いつも思う、牡瓦は俺のどこが良かったんだろうって。
『いやだって俺充実してるし』
俺は牡瓦を傷つけるために今メールをしている。勇気づけてやるべきと思ったなんてホントは嘘だ。俺はどこまでも自分勝手だから。
『あっそ』
いつも通り、そう思いながらメールをしていた。
『か』
返信が来ないから1分おいて次のメールを送った。
『の』
流石に牡瓦は察しが良いから気づくだろうな。
『彼女いるんだ。おめでとう。』
そっけない返事。いつも俺のことを大好きだって感情が隠しきれてない牡瓦からは想像もできない返信だ。
『誰だか知りたくないの?』
俺はさらに追い打ちをかけた。
『氷空』
多分適当に言ったんだろう。けど、申し訳なくなった。
『うわ、バレるの早』
俺は浮かれてるやつのふりをした。そうするしかなかった。
『用は済んだ?明日頑張ってね。おやすみ』
牡瓦が『おやすみ』と送ってくるのは久しぶりだった。いつも俺はこの言葉が送られてくると既読スルーをするから。今回ばかりは逆にそれを利用したのだろう。でも、無駄だよ。
『おう、久しぶりにすごい緊張してるわ。』
いつもなら送らないメール。でも、少しでも俺から離れてほしい。これ以上傷つけないために一度に傷つけるべきだ。
『頑張ってね。応援してる。』
牡瓦が意地でも俺とのメールを早く終わらせたいのが見て取れた。
 なんて返信しようか悩んでいると後ろからスタンプを勝手に送られた。
「祐也先輩は私だけを見ててよ。」
振り向くと氷空がいた。今日は家に泊まりに来ていたから。
 氷空のことは別に好きじゃない。でも、脅されて付き合うことにしたんだ。
『私と付き合わないなら冬香先輩のいろんなものをボロボロにするからね。』
俺はその言葉に逆らえなかった。"牡瓦のことが何よりも大切"だから。


 18歳の春、俺は大切なものを守るために大好きな人を傷つけた。