「お前なぁ、いつまでも養ってもらえると思ってるんじゃねーぞ?いつになったら働くんだよ」

 「私だって、その分家事とかやってるじゃないですか!」

 「少しだけじゃねーか!こっちはくたくたになるまで働いてんのに!」

 「兄さんだっていうほど働いてないじゃないですか!それにお客さんの前です!せめて2人だけの時にその話はしてください」

 このやり取りを見ていて俺はなぜか胸が痛くなった。そして、もう見ていられなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 俺は佐々木雄介。数日前に謎の怪しすぎる男に異世界へ送られ、無事に帰ってきた俺はその男をこらしめたのだが、その男は逃げた際に奴が着けていた仮面を落としていった。この仮面が俺を異世界に送った危険道具であり、他の人にまで類が及んだらやばいので自宅に持ち帰ることにした。

 いつもはこの時間パチンコを打ちに行っているが今日はそんな気分じゃなかった。なぜならどうしてもこの仮面が気になったからだ。他人に危害が及ばないようにという理由で持ち帰ってきたが、正直ちょっと後悔している。なぜなら俺には危害が及ぶからだ。でも俺だったらいざとなればあの力でなんとかできるからまだいいが…

 そうして数十分、不気味で気持ち悪いピエロ仮面を眺めていると、なんだか眠くなってきた。

 「あれ…この感覚。」


 そうして次に目が覚めた時、いつぞやの場所にいた。薄暗くて怖いが、ちょっと涼しい…まるで夏の夜の廃墟のような場所に再び来ていた。

 「ここは…!またあの場所か!?」
 
 なんてこった。またこの場所に来てしまったって言うのか。ということはまた敵とかが襲ってきてもおかしくないな。いつでも戦える準備はしておこう。だが今回は前回と違って幸いな点が1つある。それは不気味なピエロ仮面も一緒に持ち込んでいたということだ。前回はどうやって帰って来れたか分からないが、今回はこの仮面がある。つまり元の世界への帰り方も行きと同じってことだ。

 そういえば俺はこの不気味な世界のこととか全然知らない。だからこの異世界(?)を調べがてら、散策してみるのもありだろう。そう思った俺は暗い道を注意しながら進んでいく。いい感じに涼しい風が吹いているのがまさしく『夏の夜』と言う感じがして、悪い気分にはならないということを歩きながら思った。そして歩いて数十分、この世界にしては現実っぽい住宅街を発見した。

 「家ってことは…この異世界には人が住んでいるってことだよな?いったいどんな人らが…」

 不思議に思いながら住宅街を眺めていたその時、1人の女性がこちらに歩いてくるのが見えた。

 「?」

 「…」

 その女性は不思議そうに俺の方を見ていた。なんか見ない顔だがよそから来た人?みたいな顔してんな…。まあそうなんだが。するとその女性はこちらに話しかけてきた。

 「あ、あの…私に何か?」

 「ん、あぁ、わりぃ何もねぇよ」

 俺もそう言ってそのまま去ろうとしたが、そうだ俺はこの世界のことを知りたかった。なので呼び止めた。

 「なああんた、この世界の住人か?」

 「え、ええ。そうですが…」

 「ここ、どういう世界なんだ?」

 「どういう世界って…いたって普t…!!」

 答えようとした時、女性が急に俺の方を見て驚いた表情をした。

 「…?」

 「あなた…なんか痩せていますね。もしかして住むところとか食べるものがないんですか…?」

 「は?」

 「良ければ私が料理を作ります!家に来てください!!」
 
 「は…?へ…?」

 あれ、俺ホームレスか何かだと思われてる?…まあこの世界では半分当たりのようなものだが。そして彼女はぐいっと顔を近づけてきて「私の家に来ますよね?ね?」という半ば強制的な圧をかけてきたので、断りづらい空気でもあったのでお言葉に甘えることにした。…実際腹もちょっと減ってたしな。

 そうして俺は彼女の家に招かれた。彼女の家もこの住宅街の中にあり、内装とかは普通の家だった。特に変わったところとかもなく…普通に片付いていてきれいだ。俺の部屋とは大違いな程に。

 「紹介が遅れました。私、ミアと言います。」

 「ミア…いい名前だな。俺は雄介。わりぃなお邪魔して」

 「いえいえ、私が呼んだので。あ、すぐ料理作ってきますので、座っていてください!」

 ミアという女性はそのまま小走りでキッチンに向かっていった。内気で引っ込み思案に見えるが、家事とかもできて普通にかわいい子だなって思った。キッチンの方から食材を着る音が聞こえ、なぜか音を聞くだけで料理が相当できる子って思ってしまった。それにしても何故出会ったばかりの俺にいきなりこんなことを…?おもてなしは嬉しいが、同時に疑問も残った。後で聞いてみるか。

 そうしてしばらくすると、ミアが手料理を持ってきた。そこにあった料理は竜田揚げ山盛りと白飯だった。すげぇ美味しそうだ。さっきまではちょっとだけ腹が減っていたが、この料理を見てさらに減ってきた。

 「雄介さん、たくさん食べてください!」

 「あ、ありがとう…。では、いただきます。」

 そうして揚げたての竜田揚げを口に運ぶ。…!!アツアツでジューシー!文句なしの味だ。

 「めっちゃうまい」

 「良かったです。私たちの対好物なので」

 「そうなんだな。…ん?私たち?」

 そういう言い方をするってことは…

 「はい、2人兄妹なんです。兄は今仕事でもうすぐ帰ってくる頃だと思うのですが…」

 「そうなのか、てかお兄さんに気を遣わせてしまうな俺。料理を頂いたらさっさとお暇するわ。」

 「全然大丈夫です!兄さんにはついさっき連絡入れておきましたので!」

 「そしたら、なんて…?」

 「了解って」

 えーと、ひとまずもうしばらくここにいてもいいということだと解釈しておこう。つまるところそういうことだよなきっと。俺だってミアからこの世界について聞きたいことあるし。竜田揚げを心行くまで堪能した俺は(お兄さんの分を残して)、早速切り出す。

 「なぁ、この世界ってどういう世界なんだ?」

 「この世界…いたって普通の世界ですが…。そういえば雄介さんはこの辺では見ない顔ですが、どこから来たんですか?」

 「日本って国からだ。」

 「日本…聞いたことがないですね。」

 日本と言う国を聞いたことがないか。じゃあここは異世界で確定だな。そして俺はもう1つ気になっていたことを聞く。

 「この世界、いっつも暗いけどもしかして常時夜の世界とかそんなんか?」

 「そうですね。私たちが住んでいる国はいつも月が出ていて暗いですね。なので夜と言う概念がないです。涼しくて鈴虫の泣き声がいつも聞こえてくるので、心安らぐから私はこの国が大好きですね」

 なるほど、この世界は常夜常夏なのか。それを知れただけでもい大きいな(何が大きいのかは知らんが)。他にもミアがよく聞く音楽とか近くのゲーセンで取ってきたぬいぐるみとかの雑談で盛り上がっていたところに、ドアが開く音がした。

 「あ、兄さんおかえりなさい。竜田揚げ、できてますよ」

 「あぁ。今日も疲れたわ…」

 この人がミアの兄さんか。茶髪でちょっと目つきが悪い人だが、優しい人に見えた。

 「その人がメールで言ってた客人か。」
 
 「すみません、お仕事でお疲れのところお邪魔してしまって。雄介と言います。」

 「気にしないでくれ。どうせミアに無理やり連れてこられたとかそんなんだろう?俺はケルトだ。せっかくだしゆっくりしていってくれ。」

 「ちょっと兄さん、人聞き悪いこと言わないでください!」

 「事実だろう?お前お人好し過ぎるからたまに生活に困窮してそうな人を見てはこういうことするからな…。」

 「だって…」

 お兄さんの名前はケルトっていうのか。ミアはケルトさんと2人暮らしってことになるな。親については…聞くのはやめとこう。と言うかミアって俺以外の人にもこういうことしてたのか…。なんというかすごい行動力だと思った。しかしどうしてミアは赤の他人にここまでするんだろうか?普通だったら絶対怖くてできないことだろ…。ケルトさんも言ってたようにこの人のお人好しな性格所以だろうか。
 そんなことを思っていると、ケルトさんがいきなりミアに向かって言い出した。

 「確かにミアはそういう行動力すごいけどな…。けど、そういう行動力は職探しに使えよな。」

 「兄さん…またその話ですか。」

 おっと?なんだか雲行き怪しくなってきたぞ…?そして次の瞬間、案の定第三者にとってはすごく気まずい修羅場展開がなされた。

 「お前なぁ、いつまでも養ってもらえると思ってるんじゃねーぞ?いつになったら働くんだよ。俺らの家庭は親父が亡くなってから1人分の稼ぎでは生計たてるのが厳しいってお前も分かってんだろ!?なのにお前と来たら働くのは嫌とか、そんな気分じゃないとかいう言い訳ばかりしやがって…。」

 「でも私、その分家事とかやってるじゃないですか!」

 「少しだけじゃねーか!こっちはくたくたになるまで働いてんのに!誰のおかげで好きな料理とか暮らしとかができてると思ってんだよ!」

 「兄さんだっていうほど働いてないじゃないですか!それにお客さんの前です!せめて2人だけの時にその話はしてください」

 「いいやこの際だから言う!お前なぁ、本当に今のままでいいのかよ?本当は自分でもこのままでは良くないって分かってんだろ?働けないことが辛いだろ!」

 「何言ってるんですか!私は今の暮らしで幸せです!そもそも働かないと法律で罰せられるとか、そんな決まりでもあるんですか!?それに私は前の職場で上司や先輩から散々いじめられたのがトラウマでもう働きたくないと思って…そのことは兄さんだってわかってくれたじゃないですか!!」

 このやり取りを見ていて、俺はなぜか胸が痛くなった。俺は今まで働いてもいないだけでなく、少しでも家の助けをしているミアと違ってパチンコばかり行っては、目の前の2人のような言い争いを親と日頃していた。いろんな意味で俺は目の前の光景を見て胸が痛い。そして、見ていられなかった…。
 限界を迎えた俺は、燃え盛る火の中に飛び込むような覚悟で、2人のケンカの間に入る。

 「お話し中のところ、大変申し訳ないが俺はそろそろお暇させていただきます。ミアさん、ケルトさん、見ず知らずの俺に美味しいごちそうをありがとうございました。この御恩は忘れません。近々恩返しに伺います。」

 「雄介さん…」

 「…。」
 
 様々な複雑な気持ちを抱えながら俺はミアの家を後にした。俺にはミアの気持ちが痛いほど分かる。住んでいる世界は違うが、抱えている問題はどの国、世界に住んでいる人も同じなんだ。そうして俺は懐からピエロ仮面を取り出し、現実世界に帰った。