混乱状態だったこの国は平穏を取り戻した。

 死んだ国会議員に代わって新たな若手議員が選出される結果と相成った。

 最初こそ、このままだとこの国は終わるだの、血の女王を必ず捕まえないといけないと叫んでいた人々は一定数存在していた。

 しかし、終わるどころかますます良くなってゆくにつれて、そんな連中はすっかり鳴りを潜めた。

 不思議なものだ。

 権力者が一気に粛清されたとしても、一瞬にして新たな人がやってきてうまく回ってゆく。

 使い潰される人だけじゃなく、上司や偉い人たちだって変わりはいくらでもあるということが証明された形だ。
 
 貧富の格差も大幅改善され、今や町中は活気に溢れかえっている。

 かといってこの国が天国に姿を変えたわけでは決してない。

 相変わらずニュース沙汰になるような犯罪は起きているのだ。

 はっきり言えるのは、

 この世の中は

 前よりマシになったということだ。

 これは蘭子さんを初めとしたみんなが権力に抵抗したことによってもたらされた賜物といっても決して言い過ぎではなかろう。

 一つ不思議なのは力のバランス。

 持たざるものは持つものの不正に徹底的に抵抗するようにはなったが、なんの理由もなしに持つものが大切にする存在を奪ったりはしない。

 もはやブラック企業は絶滅寸前であるという。
 
 イジメによる被害も激減。

 能力者たちによる差別は絶滅。

 決して偏ることなく、力のバランスは均衡状態だ。

 ずっと長年滞っていた蟠りがなくなり、社会はうまく回っているように思える。
 
 親戚の話をしようか。

 親戚のおじさんは、俺と親戚関係であることをいいことにいろんな人に借金しまくって結局詐欺罪で逮捕。

 刑務所で服役中だ。

 俺の財産に関しては早苗さんに助けてもらっている。

「祐介、何考えてるの?」
「……」
「余計なこと考えずに私に集中してちょうだい」

 とあるビルの屋上で俺と蘭子さんは仲良く座っている。

 彼女は俺との距離を詰めて体を密着させる。

 おかげさまで彼女が漂わせる香りと息が俺の鼻を通り抜ける。

 彼女は俺の背中に腕を回して抱き寄せる。

「っ!蘭子さん!」
「言って。何に悩んでいるの?」
「……」

 目が『言うまで決して絶対離さない』と言っているようだ。

「いや、悩んでいるわけじゃなくてですね。感心していますよ」
「何に?」
「蘭子さんがこの国を変えたことにです」
 
 俺の返事を聞いて蘭子さんは嬉しそうに微笑む。

「全部祐介のおかげよ」
「え?俺は何もしてませんよ」
「ううん。あなたはいてくれるだけでも、私の心の支えになっちゃうの」
「……」
「だからね、ずっと(・・・)私のそばにいて」

 蘭子さんが漂わせる香りは雌のフェロモンと化した。

 俺が困り顔で返事する。

「もちろんです」
「ふふふ……祐介……」
「ら、蘭子さん!どこ触って……」

 蘭子さんは俺の太ももの内側辺りをさすってくる。

 やばい。

 こんな美人に触られたら……

 と、戸惑っていると

「あら、二人とも、お盛んね」

 長い髪を靡かせている早苗さんがやってきた。

 ベージュ色ドレス姿の彼女だが、その実に恵まれた体を隠すことはできない。

 早苗さんを見た途端、蘭子さんは立ち上がって早苗さんのところへ走ってゆく。

「早苗ちゃん!」
「あら、蘭子ちゃん!ふふ」

 早苗さんに抱きつく蘭子さん。

 早苗さんはそんな彼女がかわいいのか頭をなでなでした。

 どう見ても二人とも20代にしか見えないんだよ。

 気のせいかもしれないが、前より若くなった気がする。

 ふう、

 これで危機的状況から脱出できそうだ。

 そう思ったのもつかの間。

「祐介」
「は、はい……早苗さんこんばんは」
「私がいいホテルを予約しておいたの。そこでいっぱい(・・・・)話そうね」

 早苗さんは目を細めて俺を見つめてきた。

 釣られる形で蘭子さんはサイコパスのように口角を吊り上げて俺の瞳をじっと見つめた。

「……」


X X X

「二人とも愛が重すぎるんだよな……」

 疲れた俺はテクテクと躑躅家目掛けて歩いていく。
 
 俺と早苗さんと蘭子さんは時々集まって共に時間を過ごしている。

 二人の美女。

 かたや有名映画女優、かたやテロ組織の美人ボス。

 こんなすごい二人とあんなことを……

 現実感がない。

 そんなことを考えていたら、俺は家に着いた。

 ドアを開けると、

「「……」」

 二人が並んで俺を見つめている。

 本当に綺麗だ。

 毎日見ているが、毎回感心してしまう。

「た、ただいま……」

 理恵は家主のお婆さんと一緒に料理を作るらしいから、二人がいることに違和感はない。

 美人姉妹はまだ靴さえも脱いでない俺に近寄っては匂いを嗅ぐ。
 
 二人の表情は次第に真顔になる。

「祐介、早苗さんとお母さんに会ってきたよね?」
「っ!!奈々、お前は犬か」
  
 俺が奈々の嗅覚に感心していると、友梨姉がジト目を向けて突っ込んできた。

「匂いをこれみよがしに撒き散らしているじゃない。堂々と宣伝するようなものよ。バレないとでも思っていたのかしら?」
「……」

 そんな……
 
 スキルで匂いを消したはずなのに、無駄だったってわけか。

 俺は落ち込んだ。

 そんな俺を色を失ったどろっとした瞳で捉えた二人は

 俺の両腕をロックし

「「ちょっと話そうか(・・・・・・・・)?」」

 低いトーンで言ってきた。

 屠畜場に連れていかれる牛のように真っ青な顔で視線をあちこち向けている俺の目にとある昆虫が入ってきた。

 カマキリだ。

 オスのカマキリはメスのカマキリによって食べられている。

 体のところはあらかた食い尽くされて、残るは頭のみ。

 頭だけが残ったオスのカマキリの目と俺の目がばったり合ってしまった。

 気のせいかもしれないが、頭しかないカマキリは笑っているように見える。

 嗚呼