お互いタオルを巻いているとはいえ、健康な若い男女が一緒に風呂に入るのは良くないと思っていたのだが、

「やっぱり背中広い……」
「筋肉もすごいわ……」

 みたいな感想を述べつつ、二人は俺の背中をボディタオルで擦っている。

 俺の体に張り巡らされている神経が背中に全部集まったような感じだ。

 こんな慣れない感覚に戸惑いつつ、二人を浴室に入れてしまった俺の不甲斐なさを責める。

 でも、あんな表情を向けてくるものだが、断ったら俺の命が何個あっても足りない。

 しかし、浮かれたり期待に胸を躍らせるのは筋違いだ。

 なぜなら、
 
 二人が来た理由

 それは

「祐介くん」
「ああ」
「さっきは取り乱してしまったのだけれど、気になることがあるの」
「……なんだ」
「血の女王と蘭子さんの関係」
「……」
「テレビに写っていた血の女王は、死んだパパの妹と似ていたの」
「……」
「パパの妹……躑躅蘭子さんよ。心当たりはないかしら」

 友梨姉の鋭い問いかけに、俺は口を噤んだまま黙り込む。
 
 それを肯定を捉えたのか、奈々が低い声でいう。

「やっぱり……同一人物」

 二人の反応を見ると、どうやら前から血の女王のことを父の妹だと疑っていたのだろう。

 早苗さんと俺の怪しい態度を見て、その疑いは確信へと変わった。

 バレてしまった以上、誤魔化すのは許されない。

 身内問題。

 俺もその身内という範疇に入る。

「ああ。血の女王は蘭子さんだ」

「「……」」
 
 俺の言葉を聞いた二人は俺の背中を擦ることをやめ、固まってしまう。

 憧れの父。

 父はこの国を代表するSランクのエリート国宝級探索者だった。

 だが、その妹がテロ組織のボス。

 そりゃショックだろう。

 しばしの沈黙が訪れる。

 静寂を破ったのは奈々だった。

「なんで蘭子さんは血の女王になったんだろうね……」
「それは……」

 言えない。

 言ってしまえば、二人の死んだ父への想いはどうなる。

 彼は、メディアではいい男として紹介されるが、自分の妹に関しては悪い男だ。

 妹が黒化した原因となる男だ。

 俺が言いあぐねていると、友梨姉が自身のない声音で問う。

「もしかして、パパが原因だったりして」

「っ!」

 俺の動揺は背中越しに二人にも伝わった。

 友梨姉、鋭すぎる。

 俺は誤魔化すべく聞く。

「なんで、そう思うんだ?」
「……私たちにとっては最高のパパだったけど、他の人にとっては違うかもしれない……」
「友梨姉……」

 なかなか深いことを言っている。

 感心する俺に奈々が言う。

「ねえ、祐介」
「……なんだ」
「知ってるなら、言ってよ」
「それは……難しい」
「……なんで?」
「お父さんと作った大切な思い出に泥を塗ることになるかもしれない。家族は大事だから」

 苦し紛れに放った言葉。
 
 だが、奈々は譲らなかった。

 彼女は俺の前に来てしゃがみ込んだ状態で俺を見つめる。

「大事だから知りたいの」
「え?」
「私、お父様のこと大好き。今でもそう思うわ。辛い時、いつもお父様のことを思い出してた。でも、今は大丈夫。心の余裕ができたから。わがままはもうやめないとね」
「そ、そうか……心の余裕、できてよかったな」
「ふふ、そうよ。ひひひ」

 奈々は小悪魔っぽく笑いつつ俺の顔を見る。

 なぜなろう。

 彼女の赤い瞳には愛がこもっているように思える。

 奈々の美しさに見惚れていたら、いつしか友梨姉も前にきた。

「祐介くんに出会う前は、現実から逃れて、ずっと夢を見ていたけれど、もう大丈夫よ。私たちの夢は叶ったから」
「夢?あ、」
 
 二人の夢。

 それは、自分たちを守ってくれる人に出会うこと。

 だとしたら、俺は二人の気持ちに解を示す義務がある。

 俺と友梨姉と奈々は家族だ。

「わかった」

 俺は二人に蘭子さんのことを話してあげた。
 
 蘭子さんが血の女王になるきっかけとなった二人の父のことも。

 二人は最初こそショックを受けたのだが、何かを決心した表情をし、俺に「言ってくれて本当にありがとう」と、俺を抱きしめてくれた。

 なぜか、二人が成長していくようで、俺は寂しい気持ちを感じる反面、彼女たちをますます女として認識するようになった。

 風呂を浴びた俺たちは、事情を早苗さんに全部説明した。

 早苗さんは泣きながら奈々と友梨姉に謝罪した。

 けれど、早苗さんに非はなく、それを誰より知っている二人は、母を慰めた。

 むしろ、今まで心の重荷を母一人で背負っていたことに、二人は感動と悲しさを感じているようだった。
 
 この日を境に躑躅家の美人母娘の仲はもっと深まった気がする。

 そして日が変わり翌日となった。

「ん……」

 目が覚めた。

 和解した美人母娘が俺に向けてきた視線。

 それはあまりにも強烈すぎて男の本能を刺激する。

 だから一緒に寝ようと誘ってくる三人に向かって俺は理恵と一緒に寝ると宣言した。

 もし、あの状態で美人母娘と一緒に寝たら、俺の理性は完全に破壊されてしまうかもしれない。

 と、考えた俺はすやすやと寝息を立てて寝ている理恵の存在にとてつもなく感謝の気持ちを感じる。

 俺は理恵の頭をなでたのち、部屋を出て顔を洗ってから家を出た。

 目的地は屋上。

 気分を落ち着かせるために冷たい朝の風に当たるという魂胆ってわけだ。

「はあ……」

 果てしなく広がる街の光景。

「平和だな」

 と、頬を緩めていたら、

「そうね。平和で綺麗」
「っ!蘭子さん!?」
「5Pの後なのに元気みたいね。うふふ。やっぱり強いのは拳だけじゃないようね」

 
 蘭子さんが手の甲に口を当てながら妖艶な笑みを浮かべている。