衝撃だった。

 主にダンジョン関連で権力を持っている人が片っ端から殺されるという光景。
 
 ダンジョン協会の会長を始めとして、特殊部隊、国会議員、ダンジョン関係の会社の偉い人、花隈育成高校の校長まで。

 おかげさまでネットやテレビではこの話題で持ちきり状態だ。

 世界は一瞬にして変わるものなんだなということを実感させられた気分だ。

 俺は理恵と友梨姉と奈々を引き連れて躑躅家へと向かった。

 躑躅家に到着して中を確認したら、私服姿の早苗さんがとても不安そうにしていた。

 だけど、俺たちの存在に気がつくや否や、大きすぎる胸を撫で下ろした。

「無事で本当によかった……」
 
 早苗さんは俺以外の3人を抱きしめながら安堵のため息をついた。
 
 しばしの間はここに泊まった方が良かろう。

 4人は不安がっている。
 
 それもそのはず。

 いつもテレビに出て偉そうなことを言う人が、惨殺されてしまったんだ。

 だが、それ自体に問題はない。

 彼らが死のうが死ぬまいが、俺にはどうでもいいことだ。

 しかし、

 社会に不満がある連中が暴徒と化して、4人を襲う可能性がある。

 なので、俺はひそかに4人に向かって手を伸ばした。

 防御膜。

 薄くて、人間の目ではその存在を確かめるのは不可能だが、これを壊せる人間は俺の知る限り、いない。

 4人は自分らの体に変化が現れたことを察知して俺を見つめる。

「これからは治安が悪くなると思うので、防御膜を張っておきました。俺と離れていても防御膜は無くなりません」

 俺が真面目な表情を向けて言ったら、妹が心配そうに問うてきた。

「4人に離れても消えない防御膜を張るのって、結構魔力を消費するじゃん……大丈夫?」
 
 俺はこともなげに返答した。

「ああ。大丈夫。4人の安全のためだ。仕方ないことさ」
 
 俺の言葉に友梨姉と奈々は物憂げな顔で訊ねる。

「祐介君……ありがとう。私たちにできることはないかしら?」
「そうよ。祐介に助けられた分、私もなんとかしなくちゃね!」
 
 二人の瞳には正気が宿っているように見え、俺に安心感を与えてくれる気がした。

「今は大丈夫。テロリストたちが亡くなるまで、一緒に待とう」

 言った俺の顔を見て、二人は小首を傾げる。

「今回においては、祐介君は動かないの?」

 鋭い視線を向ける友梨姉。

「ああ。今回は何もしない」

 俺はなるべく冷静を装って言ったつもりだが、理恵と友梨姉と奈々は怪訝そうに俺を見ていた。

 しばし沈黙が訪れる。

 しじまを裂いたのは

「あの、祐介」
 
 早苗さんだった。

 彼女はとても不安そうに指をしきりに動かし、自身のない表情を俺に向けてきた。

「早苗さん……なんでしょう」
「……」

 だが、早苗さんはごまかすように笑いながら問う。

「お昼ご飯、何がいい?こういう時こそ、美味しいものを食べて力をつけるべきよ」
「は、はい……そうですね。じゃ、親子丼はいけますか?」
「ふふ、そうね。作ってあげる。私が一番得意な料理だもの」

 早苗さんは一瞬妖艶な表情で言うが、覇気がない。

 やはり、気にしているんだろう。

 俺たちは早苗さんが作ってくれた親子丼をたらふく食べた。

 理恵と友梨姉と奈々は昼寝。

 つまり、俺と早苗さんの二人きりになったというわけだ。

 ベランダにいる俺たち。

 彼女は白いシャツにジンズとシンプルな服装だが、日本一美しい女優と言われるだけあって、絵画じみていた。

 ちょっと不謹慎かもしれないが、ベランダの欄干に手をついて悩んでいる時の早苗さんの顔は実に綺麗だ。

 だが、見た目が全部ではない。

 大事なのは早苗さんの気持ちだから。

「ねえ、祐介」
「はい」
「蘭子ちゃんがいよいよ動いたわね」
「……そうですね」
「私、怖いわ」

 怖い。

 この場合は二つの理由があるのだろう。

 亡き夫の妹である蘭子さんが不幸な人生を辿るかもしれない不安。

 友梨姉と奈々が死んだ自分の父の醜い姿がバレるかもしれない不安。

 そう。

 早苗さんは追い込まれている。

 俺はそんな彼女との距離を詰める。

 そしたら、彼女は俺に自分の体を委ねた。

 早苗さんの肩はとても柔らかく、儚い。

「大丈夫です。蘭子さんはきっと幸せになれますから」
「……本当?」
「はい。でも、条件があります」
「条件?」
「蘭子さんを認めて褒めてやることです」
「……」
「認められないのはとても辛いことです。俺も無能力者ってだけで、いろんな人たちに理不尽な扱いを受けてきました。でも蘭子さんは、一番近い存在であるお兄さんから無視されてきた。俺よりも辛い人生を歩んできた人ですよ」
「……そうかもね」
「蘭子さんは必要悪となって、差別をなくそうと頑張ってくれてます。なかなかできたことじゃない。テレビだと殺人鬼だの、テロ女王だと騒いでますけど、SNSだと、蘭子さんを責める人は、今や恵まれた特権階級を除いていません」
「それは知っているわ。あと、私に蘭子ちゃんを止める資格はない」

 早苗さんはまた自信を無くしたようにため息をつく。

 それと同時に漂う髪の香りと息が俺の鼻腔を通り抜ける。

「でも、もしこの事実を友梨と奈々が知ったら傷つくんでしょうね……」
「……」

 否定はできない。
 
 安易な気持ちで「いいえ、二人はきっと理解してくれますよ」と言ったら、それは早苗さんを騙すことに繋がる。
 
 そんなのは気休めにもなり得ないのだ。

 俺が苦しそうに顔を顰めていると、早苗さんが優しく声をかける。

「お願い。二人が真実を知ってショックを受けたら、ちゃんと二人のそばにいて」

 緑色の瞳を輝かせる早苗さん。

 俺はそんな彼女の目をまっすぐ見つめて言う。

「もちろんです。でも、二人だけじゃなくて、ちゃんと早苗さんのそばにもいてあげますから。今みたいに」

「ふえ!?」

 早苗さんは目を逸らして、上半身をひくつかせる。

 ステップを踏み外したのか、彼女はつまずきかける。

「危ない!」

 早苗さんがベランダから落ちる可能性があるので(落ちても防御膜のおかげで大丈夫だが)、俺は彼女の背中に腕を回して俺の方に抱き寄せる。

「ゆ、祐介……」

 やばい。

 早苗さんの爆のつく胸が俺の筋肉質の胸を押し潰す勢いだ。

 乳圧がすごい。

「すみません。すぐ離れ……」
「いいの。このままがいいわ(・・・・・・・・)

 早苗さんは、俺から離れないと言わんばかりに、自分の美脚を俺の硬い足に絡めてきた。