俺は開いた口が塞がらなかった。

 会長が殺された。

 日本ダンジョン協会におけるトップ。

 確か、ネットで出回っている情報だと年は60代。
 
 ダンジョン協会だけでなく、ダンジョン関連の会社対しても圧倒的影響力を及ぼしており、経済界や政治界で一目置かれる存在だという。

 だが、

 ネット掲示板では

『あの会長マジうざいよな。エリートが大事とか言って、俺たちのような無能力者を差別する発言ばかりするし』
『いや、あいつは無能力者だけを差別しているわけじゃないんだぜ。コネがあって金持ってる勝ち組能力者だけを優遇して、おらみたいな底辺中卒能力者は、探索者にすらならねーよ。まあ、だから俺も無能力者と同じ仕事してる』
『あのでんこ様ですら、いまだに無能力者扱いだよ。ルールを変えればいいのに、どこの馬の骨ともしれない人が成り上がることを死んでも認めたくないんだろうな』

 みたいな書き込みがあった。

 俺もあまりあの会長のことを好ましく思ってない。

 だけど、

 こんなにあっさりと殺されるとは思いもしなかった。

「……」

 心当たりがある。

 こんなことをする人は決まっている。

 蘭子さん。

 SSダンジョンでの彼女は何かを決心した面持ちだった。

 いや、

 そんなはずない。
 
 蘭子さんがやらかした証拠はどこにもない。

 うちなる自分がそう囁きかけるが、俺の心の奥深いところにある無意識は、

 すでに蘭子さんのことで埋め尽くされていた。

「……」
 
 再び俺はニャフーを更新する。

 そしたら、

『XX議員、自宅で死亡が確認される』
『ダンジョン議員OOさん、心肺停止の状態で発見』(※ダンジョン議員とは、主にダンジョンに関する法案を作る国会議員のこと)
『ダンジョン企業団体連合会のドン、何者かに襲われて搬送』

 間違いない。

 蘭子さんの仕業だ。

 何かが変わろうとしている。

「んん……祐介、どうした?」

 どうやら腕をずっと抱きしめていた奈々が俺の動揺を察知したらしい。

 なので、俺は起き抜けの気だるさのある奈々にいう。

「血の女王が、暴れている……」
「え?」

 俺の小さな言葉は奈々は眠気を一気に覚ましたようで、目を大きく開けた彼女はスマホを握ってニュースを漁る。

「は、はあああああ!?!?」

 奈々が出した大声に友梨姉と理恵も起きたようだ。

 二人も今行われていることを知り、驚愕した。

X X X

蘭子side

40分前

9時10分


 引っ付いた紺色のズボン、白いシャツ姿の蘭子は、日本ダンジョン協会の本部にやってきた。
   
 素早い動きで、誰にもバレずに会長室の前まできた蘭子は、ドアを守る能力者たちの背後に迫る。

「「っ!?」」

 彼女に後ろ首を攻撃された二人はそのまま倒れてしまった。

 蘭子は早速会長室のドアを開く。

「な、なんだ……っ!!!」

 スーツを着た60代の男。
 
 彼はびっくり仰天して高そうな椅子から立ち上がった。

 バーコード髪、垂れ下がった欲深い頬肉、出過ぎたお腹。
   
 ずり落ちたズボン。

 そんな醜い姿の会長を見た蘭子は深々とため息をついて、手を伸ばしスキルを使う。

 彼女の手から放たれた風のような斬撃は、会長の机を一刀両断した。

 すると、

 会長の机の下からは、女秘書が姿を現した。

 女秘書は絶望して、目の色がない。

 蘭子は会長を見て、驚いたように口を開いた。

「へえ、お前、立つんだな。てか陥没されてんじゃねーの?あははは!」
「っ!!!」

 会長は大急ぎでスマホを手に取ろうとするが、

「させない」

 蘭子はまた風のような斬撃を飛ばし、会長のスマホを切る。

「っ!!この!」

 まだ諦めてない会長は悔しそうに壊れた机から何かをかさこそ探す。

 だが、

「しぶとい」

 蘭子はまた斬撃を飛ばし、テーブルを粉々にした。

 粉々になった机からは、武器と思しきものも混ざっている。

 そんな会長の様子を見た蘭子は、後ろを振り向いてスキルをかけた。

 すると、ドアの周辺は金属の壁になって、完全に会長室は密室と化した。

「な、なんの真似だ!!こんなことして、許されると思うのかああ!!俺は日本ダンジョン協会の会長だあああああ!!!」

 大声で叫ぶ彼に蘭子は赤い目を細める。

「うるさい。叫べばなんでも言うこと聞いてくれるとでも思ってんのか?」
「なんだと!?」

 会長は殺す勢いで血の女王を睨んできた。

 だが、蘭子は顔色一つ変えずに、秘書を見て口を開く。

「あんた、無能力者だよね」
「……」
「全く……優しすぎる。あんな声だけでかいおっさんの言うことに従うから、ますます調子に乗るんだよ」
「……」

 自信なさそうに俯いている秘書に向かって蘭子は悪戯っぽくいう。

「無理難題押し付けると、あなたの大事なもの(・・・・・)を潰しますって論理で挑まないと」

「っ!!!」

 会長が蘭子の言葉を聞いて、手で股間を隠した。
 
 そんな彼を見て、蘭子は口角を吊り上げて

「まあ、秘書ちゃんじゃなくても、私が潰すけど」
「え?」
「っ!」

 秘書は目を丸くし、会長は後ずさる。

「なにを望む?」

 会長の問いに蘭子は無表情で返す。
 
「お前の首」

 返事を聞いた会長は顔を歪ませて大声で言った。

「話が極端すぎるだろ!!」

 増えた小皺、飛ばされるつば、揺れるお腹と頬肉。

 蘭子はそんな彼を軽蔑するように睥睨するが、やがて嘲笑う。

「お前の妻と子供、孫たちが殺されるよりはマシでしょ?」
「っ!!なにを!」

 戸惑う会長に蘭子は笑いながら口を開く。

「あははは!そうね、お前が納得しないまま死ぬのは勿体無いから、ちょっと話そうか?」
「……そうだな。冷静になった方がいいぞ。話ならいくらでも聞こう」
 
 会長は話を終えて卑屈な顔をする。

 蘭子は、

 そんな会長の表情を見て、イコパスのように目と口の端を吊り上げた。