彼女の意味ありげな言葉を聞いた50人余りのものは緊張した面持ちで続きを視線で促した。

 蘭子はふむと頷いて説く。

「これまで私は、恵まれてない能力者を引き取って戦い方を教えてきた。誰もが差別されないパラダイスを実現させるために」
 
 彼女の吐く言葉はこの格納庫のような場所に厳かな雰囲気をもたらした。

「はい!血の女王様は、恵まれずに差別を受けてきた能力者を拾ってくださり、立派な人間に育ててくれました!」
「パラダイスのためなら、私、なんでもします!それこそが私の存在意義!」
「ダンジョン協会のトップを殺して、いっそのこと女王様がトップになるのはいかがでしょうか」
「もし、女王様がダンジョン協会のトップとして君臨するのであれば、この世の中は間違いなく良くなります!だとしたら、私たちも……」
「女王様……あなたこそが世界に幸せをもたらす救世主」
「ネットでも、すでにダンジョン協会の無能さを叩き、血の女王様を崇め奉る人でいっぱいです」
「伝説の拳様と血の女王が手を携えば、ダンジョン協会なんか瞬殺と言っております。まあ、事実ですけど」

 部下たちは蘭子に憧れの視線を向けて口々にいう。

 蘭子は眉間に皺を寄せた。

「やっぱり教育が必要のようね」

「「「え?」」」

 彼女の言葉が理解できない部下たちは小首をかしげる。

「仮に私がダンジョンのトップとして君臨したとして、甘い汁だけ吸いまくって、この社会に差別をもたらす既得権益を全部追い出したとしても、状況は何も変わらない」

「「「?」」」

「そこには、新たな既得権益がまた生まれるだけ」

「「「っ!!!」」」

 蘭子の部下たちは頭を鈍器で殴られたみたいに目を丸くして驚いている。

 そんな彼ら彼女らに蘭子はなんの躊躇いもなくいう。

「譬《たと》え話をしようか。子連れの夫婦がスーパーで買い物をしたとしよう。すると、弱そうな男が子を抱いている妻とぶつかった。隣にいた夫は怒り狂った顔でその弱そうな男を責め立てる。俺の妻と赤ちゃんに何しやがると言ってね。弱そうな男は謝っても夫は許すことなく、罵詈讒謗を浴びせ続けた。わざとぶつかったわけでもないのにね」

「「「……」」」

 部下たちはなぜ蘭子がこんな譬え話をするのかが理解できずにいる。

 だけど、なんとか彼女が伝えようとすることを必死に汲み取ろうと頭をフル回転させた。

 そんな部下たちに蘭子はいう。

「その瞬間、ボロクソ言われた弱い男の顔色は変わって、目を細めながら自分を罵った夫に向かって言ったのさ」
「「「……」」」
 
 蘭子は目と口角を吊り上げて実に血の女王らしい顔をして言う。

「いい加減にしろ。じゃないと後悔するぞ。お宅の赤ちゃんの命は一つしかないからな(・・・・・・・・・)

「「「っ!!!!!」」」

「結局、その夫は妻と子を連れて逃げるようにスーパーを出たの」
 
 蘭子のいかにもサイコパスのような声音と言葉に部下たちは相当驚く。

「要するに、私たちは弱い男のような存在よ。調子に乗っていい思いをしている連中に楔を打ち込む役割しかない。もし、それ以上のことを望むなら、それこそが既得権益。潰さないといけない対象になってしまうわ」

「「「……」」」
 
 みんな深刻な表情をする。
 
 異論反論口答えをするものはない。

 そんな部下たちを見て、蘭子が妖艶な表情をする。

「ふふ、でもね、私たちは強いから弱い赤ちゃんを殺すより、人をいじめて良い思いをしている夫を殺した方がいいんじゃない?だからさ……」

 蘭子はサイドテーブルにあるワインを持ち上げて、ガラスを舐める。

「これまで雑魚しか殺してなかったけど、今回は派手にやるわ。私は、自分たちが正義だと思い込んで、暴虐のかぎりを尽くす精鋭部隊のものを全員殺す。君たちは、精鋭部隊員らに隠れて、差別を生み出す法律や制度を作り続ける年老いたおっさんたちを全員始末してちょうだい。リストはもう調査済みよ」

 蘭子の言葉を聞いて50人余りの部下は新たな教えを得たような表情だ。

 そして歯を食いしばって、歯軋りする。

「俺の愚かさを許してください。俺はダンジョン協会さえ倒せば、俺たちが良い思いをすると思って……それ自体が既得権益を望むのと同じだったか」
「恥ずかしい……」
「女王様は一体どこまで見通していらっしゃるんだろう……」

 悔しがる部下を見て、蘭子はカリスマ性を発揮する。

「そう。私たちは正義でもなんでもない。でも、これをやれば、必ず差別はなくなる。パラダイスになるのよ。わかった?」

「「「はい!その通りでございます!」」」

 50人余りのものは蘭子に再び平伏した。