突然やめると言われ、首を捻る渡辺。

 だが、落ち込んでいる霧島を見て、彼は自販機へ移動しコーヒーを購入して彼女に投げる。

 霧島は優れた運動神経でそれを受け取り、顔を歪ませる。

「ブラック……私、苦いの苦手だけど」

 そんな彼女のお子様っぽいところを見て、渡辺は諭すように言う。

「まあ、なんだ。今のうちに慣れとけ。コーヒーも人生も苦いもんだから。砂糖をまぶして甘く美味しいもののように見せてるだけ」
「……なに格好つけて言ってんのよ。うう苦っ」
 
 ブラックコーヒーに口をつけた霧島は目を瞑った。

 同じくブラックコーヒーをちびちび飲んでいる渡辺が我関せずという感じで聞く。

「それで、なんでやめるって決めたんだ?」
「……」

 問われた霧島は明後日の方向を見て口を開く。

「馬鹿馬鹿しくなったからよ」
「ほお、なにが?」
「今までやってきたこと全部」
「プライドが高いことで有名な霧島くんが自分のやってきたことを否定する発言をするとはな、人生生きてみるものだな」
「……だって、あんなこと見たら、誰だってそう思うでしょ?ダンジョン協会って、あの祐介という男と比べたら、おままごとのようなもんじゃん」
「まあ、そうだな」
「否定しないのかよ……」

 霧島はげんなりするが、やがて悔しそうに語る。

「政府とダンジョン協会が作り上げたシステム。金あって人脈もあればとんとん拍子で出世するけど、そんなのない人はいくら力があっても成り上がれない」
「……」
「祐介が現れても、ダンジョン協会は見て見ぬふりをする。本当にあり得ないわ」
「そんなことをはない。ダンジョン協会は祐介くんのことを意識しているぞ」
「本当?」
「排斥しないといけない敵としてな」
「……」
「キングアイスドラゴンの件で、特殊部隊のメンツは丸潰れだ。だから、祐介は倒さないといけない敵になるのは当たり前」
「理屈おかしいだろ?特殊部隊は国民の命を守るんじゃなかったの?」
「ふっ」
 
 渡辺はこれ見よがしにコーヒーを一気飲みした。

「醜い打算と自己中心的な考えは立派な建前を纏って美しい姿に変身するものさ」
「……」
「悪魔は二本のツノが生えたり、怖い顔をしてないさ。悪魔は美しんだ。魅力的だ。だから、荒波くんと君のようなやつが引っかかって陶酔する」
「……」

 否定することはできなかった。

「なんであんたはこんな腐った組織で働いてんの?」
「理由は簡単だ」

 一旦切って、渡辺は霧島の瞳を真っ直ぐ見つめる。

「俺にも守らないといけない家族がいるんでね。ここは給料がいいから家族に良い思いをさせることができる」
「……」
 
 霧島は後頭部を殴られたような表情をする。

 それから

「さようなら」
 
 と告げて、足早に去っていった。

 そんな彼女の後ろ姿を見て渡辺は複雑な面持ちで口を開く。

「羨ましいやつだ」

X X X

祐介side



「ただいま」

 ドアを開けると、いつもより靴が多かった。

 友梨姉と奈々のものだ。

「あ!お兄ちゃんきたね!おかえり!」

 俺を歓迎してくれたのはエプロン姿の理恵。

 そして

「おっそい!」

 同じくエプロンをかけた私服姿の奈々が頬を膨らませる。

「これから三人で美味しい料理を作るわよ」

 エプロン姿の友梨姉がにっこり笑いながら言った。

 蘭子さんと別れて家に帰る途中、妹から連絡がきた。

 家主のお婆さんから新鮮な野菜をたくさんもらったから、二人を家に呼んで美味しいものを作ると。

 俺は三人の顔を見て安堵のため息をついた。

 俺はダンジョン産の肉が入ったビニール袋を揺らした。

 そしたら、三人が笑顔を浮かべて俺の方にやってくる。

 だけど、
 
 三人の目の色が急になくなった。

「え?みんな、どうした?」

 俺が怪訝そうな顔で問うと、三人は低いトーンで言う。

「「「女の匂いがする」」」
「っ!!」