翌日

日本ダンジョン協会所属病院

「ん……」

 目を開けたら自分は病棟の中だった。

 周りにベッドはないことからここが個室であることを把握するまでにそんなに時間はかからなかった。

 下は木目調のタイル。

 床を除く内装は白を基調としたものが多い印象だ。

 自分の左手には点滴注射の針が刺された状態で、自分は患者服を着ている。

 そして、
 
「っ……」

 痛みが押し寄せてくる。

 この痛みの正体は一体なんなんだろう。

 S級の土属性の持ち主であり、体をチタニウムにして戦うことを得意とする自分。

 ゆえに、誰からも傷づけられたこともない。

 なのに、
 
「……」

 自分の体は内出血による紫色の斑点塗れだ。

 一体誰が自分をこんなにしたのか。

「クッソ……なんで俺はここにいるんだよ」

 と、ベッドを叩いて金髪をガシガシする荒波。

 すると、ある場面が浮かんでくる。

 キングアイスドラゴンによって自分の腕が凍ってしまい、機能不全に陥ってしまった。

 そして、

 本能とプライドが思い出すことを極力拒むあの場面。

邪魔だ(・・・)どけ(・・)

「……クッソ!!」

 荒波は怒り狂った表情で暴れようとするが、体がいうことを聞かない。

「あっ!あああ!!」

 荒波がのたうち回っていると、入り口から綺麗な私服姿の金髪女性が入ってきた。

「荒波……なにやってんの」

 霧島は深々とため息をつきながら荒波のところへやってきた。

「き、霧島……」

 荒波は自分の惨めな姿を見られたことで相当戸惑っている。

「内臓破裂、肋骨骨折、脳震盪。全治三ヶ月ほどの負傷を負った患者なんだよ。あんたは」
「ま、マジか」
「伝説の拳という男に蹴られてね」
「っ!!」

 霧島に言われ、荒波は突然顔を赤くして怒り始める。

「あんなやつ!俺が本気を出せばイチコロだ!クッソ!キングアイスドラゴンと戦っている時に襲ってくるなんて、卑怯なやつめ!」

 まだ現状が全然把握できてない荒波は握り拳を作って悔しそうに歯軋りする。

 霧島はジト目を向けてくる。

「卑怯じゃないわ。伝説の拳という男はあんたがキングアイスドラゴンに殺されないために、わざと蹴ったのよ」

 霧島が丁寧に説明しても、荒波は全くといってもいいほど聞く耳を持ってない。

「はあ?俺を助ける?ふざけんな!俺一人で倒せたんだよ!」
「……」

 同じ高校を出て、ダンジョン協会管轄の特殊部隊に同じタイミングで入った自分達。

 これまでタッグを組んで世間からスポットライトを浴びまくりながら輝かしい人生を歩んできた。

 だが、

 今の荒波の態度を見ていると、今まで自分達がやってきたことはなんの意味もなさない無価値なものではないかと、うちなる自分が囁きかける。

「この体が治ったら、早速あのくそ中卒を殺してやる!!!調子に乗りやって!!!」
 
 叫び散らかす荒波の目には理性という要素がこれっぽちも含まれてない。

 霧島は半分諦めた表情で彼に問う。

「ねえ、荒波」
「はあ?なんだ?」
「これまで私たちは、誰かによって作られた道を歩かされ、日本中のみんなのためじゃなくて、特定の誰かのために動かされたコマだと思ったことない?井戸の中の蛙だと思ったことない?」
「霧島、なにわけのわからないこと言ってんだ」
「……」
「俺たちは日本ダンジョン協会管轄精鋭部隊だ。最強じゃないと入ることなんて絶対できない。日本の最強探索者として、伝説なんちゃらみたいなクソを始末するのが、俺たちの仕事なんだよ。それによって日本の平和は保たれている」

 荒波は名状し難い表情で霧島にいう。

 焦点の差だならない目、吊り上がった口角。

 霧島は完全に諦めた表情をしてボソッと漏らす。

「そうね。楽しいよね(・・・・・)》」
「ああ。正義を実現させるのはとても楽しい」
「……荒波」
「なんだ」
さようなら(・・・・・)
「え?」
 
 さようなら。

 なんの躊躇いもなく放たれた霧島の言葉に、荒波は首を傾げて彼女の後ろ姿を見つめた。

 病院を出た霧島。

 そんな彼女の前に見慣れた男が現れる。

「……霧島くん」
「あんた……」

 渡辺だ。

 暗い表情の霧島が気になるのか、渡辺は彼女の冴えない顔を見つめた。

「荒波に何かあったのか?」
「なんもない」
「じゃ、なんで浮かない顔してる?」

 渡辺の問いに、霧島は諦念めいた面持ちで口を開く。

「私、特殊部隊やめる」
「ん?」