俺はすぐさま身体強化を使った。

 彼女の手には小さな刃物が握りしめられており、刃先が赤色に光っている。

 俺の本能が決してあの赤い光に触れてはならないと轟叫んでいる。
 
「ん……」
 
 俺がススっと彼女の攻撃を避けると、赤い光は壁へと飛んでいき、そのまま岩を喰らい尽くす勢いで中に入る。

 あの岩は頑丈なものでできているはずだが、あっさり切り込まれてしまった。

「ふふ、いい(・・)

 彼女は嬉しそうに笑いつつ、小さな刃物に赤い光を込めて攻撃をまた始める。

「っ!」
  
 想像を絶する速さを誇る彼女の攻撃。

 動きひとつひとつが洗練され無駄が全くない。

 素晴らしい。

 俺はこんなに強い人間を見たことがない。
 
 何より、この赤い光。

 一体どれだけ魔力を詰め込めばこんな色になるんだろう。

 緊張と感嘆。

 二つの感情が入り混じる中、蘭子さんが隙を狙い、柄で俺のみぞおちをぶとうとする。

 もう攻撃されっぱなしもどうだし、俺も動こうではないか。

 俺は素手で彼女が刃物を握っている手を首を握り締める。

「っ……今のを防いだと?」

 俺は戸惑う蘭子さんの耳元で囁く。

勝たせてもらいますよ(・・・・・・・・・・)
「っ……それもいいかもね(・・・・・・・・)
 
 蘭子さんは妖艶な表情で言ったのち、俺と距離を取る。

 そして、大人の余裕と言わんばかりに、微笑んで言う。

「でもね、私、一度も負けたことがないの。じゅる」

 自分の刃物を舐める自信満々な姿は、まさしく彼女が血の女王であることを物語っている。

 だが、

 蘭子さんは刃物を捨てる。

「!?」

 それから手に魔力を流し込んで、赤い光を帯びる長い剣を召喚させた。

 紫の電気を帯びる彼女の剣。

「私のスキルの根本は切る、刺す。この赤い光の剣は土属性を限界まで極めたことへの賜物。だから私はこれを憤怒の剣(フューリーブレード)と名付けた」
「……」

 土属性だけであんな光が出せるとは……

 フューリーブレード。

 この剣を成す根源は怒りだ。
 
 俺と蘭子さんが相対していると、赤い光に引き寄せられたキング鷲3羽が近寄ってくる。

 蘭子さんは、そのキング鷲3羽に向かって刀を振った。

 すると、赤い光線が放たれ、そのままキング鷲3羽を貫通する。

 飛んでいたキング鷲3羽は体が二つに分断され、落ちてしまった。

 それだけじゃなく、壁にも光線が当たり、数十メートルほど切り込んだ。

 すごい。

 SSランクのモンスターをあんな簡単に……

「ふふ、邪魔者がなくなったね。私たちの営みを邪魔するものは絶対許さないわ」
「営みって……」

 これが血の女王の実力。

「蘭子さん」
「なに?大人しく負けを認める気になったの?」
「……」
「別に恥ずかしいことではないわ。ずっと私のそばで過ごせばいいの。ダンジョン協会のものが邪魔だてするならば、そいつら含めて、身内まで全部切ってやるから」
「……」
「このまま戦ってもいいけど、幸せになるための体力は残したいのよね」

 本当にこの人は……

 俺はやれやれとばかりにため息をついて、彼女に言う。

「全力で来てください」
「え?」
「蘭子さんが出せる全てを、俺に見せて」
「そ、そんなことをしたら、祐介は死ぬわ」
「蘭子さん」
「……」
「俺を死んだ兄だと思って、かかって来てください」
「なっ!」

 蘭子さんは一瞬目をカッと見開いて驚いた様子を見せたが、やがて、怒りを募らせ、赤い剣により一層力を入れる。

「祐介!私にその人の話をするな!」
「だったら全力できてください」
「……お望み通り私の全てを見せてあげる。祐介を失うのはとても悲しいけど、あの憎ったらしいクソの話を続けるなら、いくら祐介だからといって容赦しないわよ!」

 いよいよ理性を失った蘭子さんはありったけの魔力をフューリーブレードに注ぎ込む。

 紫色と黒い電気がフューリーブレードを包み込み、まるで地獄から聞こえてくるような悍ましい音が剣から聞こえてきた。

「ゲヘナ」
 
 唱えて、蘭子さんはフューリーブレードを両手で構えて、俺の心臓目がけて真っ直ぐ突進してきた。

 すごい。

 おそらく彼女一人だけでも、ダンジョン協会の連中全員殺せるんじゃないかってくらいの力だ。

 俺を本気で殺しにくる蘭子さん。

 俺は静かに右手を伸ばした。

 それから、彼女の剣の先端を防いだ。

「なっ!素手で防いだと!?あり得ない!はあああああああ!!!」
 
 蘭子さんは戸惑いの様子で、俺の手を貫こうと必死に腕に力を入れる。
 
 俺はそんな彼女の顔を見て、優しく言う。

「蘭子さんが一つの属性を限界まで極めたのは実に素晴らしい。こんなに強い土属性のスキルは始めてみます。でもですね……」
「……」
「俺は全属性を極めました。全属性を詰め込んだ防御膜、硬いでしょ?」
「は、はあ!?」
 
 俺は手で彼女の剣を払い、彼女のお腹に手をそっと乗せる。

「っ!!!!!」

 そして、小さく唱えた。

「ワンインチパンチ」

「ンヴッ!」