「ねえ、私のところにきて。ずっと私のそばで一緒にいよう」

 蘭子さんは息を切らして、俺を切なく見つめる。

「なぜ俺にこだわるんですか?他の連中を探せばいいだけの話じゃありませんか」

 そう。

 彼女くらいの能力があるのなら、俺じゃなくてももっといい人材を探せるはずだ。

 だが、彼女は納得いかないような顔で不貞腐れる。

「祐介じゃないとだめだわ。何も成り立たない」
「なんでそこまで……」

 これまで落ち着きがなかった彼女は鋭い目で俺を見つめてきた。

あなたと私が似ているからよ(・・・・・・・・・・・・・)
「……」

 意味するところはわかる。

 早苗さんから話は聞いた。

 俺と同じ中卒で、能力があっても認めてもらえてないという悲しい経験を持っているんだ。

「仮に……そうだとしても、テロを起こしてなんの罪もない人に迷惑をかけるのはいい考えではありません」

 俺の抗議。

 だが、彼女は顔色一つ変えずに淡々という。

「そうね。祐介の言葉は正しい」
「だったらだぜあんなことを……」
「ダンジョン協会が作り上げた理不尽すぎるルールや思想によって差別を受けている人は山ほどいるのよ」
「え?」
「恵まれてない能力者、スキルが使えない無能力者。彼ら彼女らは常に迫害を受けているわ。ダンジョン協会が定めたルールに従っている人たち……既得権益の人たちからね」
「……」
「でも、奴らはSSランクのモンスターもろくに倒せない。なのに国から補助金をもらって、国民の税金で良い思いをする。おそらく祐介もダンジョン協会に狙われていると思うわ。でしょ?」
「それは……」

 反論ができない。
 
 年上としての自信と余裕ではない。
 
 彼女が経験した中で培われたコミュニケーション能力、経験人を圧倒するカリスマ。

 現在の俺は彼女に主導権を完全に握られている。

 何も言わずにいる俺に、蘭子さんが一瞬優しい笑みを浮かべてから真面目な顔になる。

「必要悪って言葉知ってる?」
「……良くないことだけど、社会にとって必要なこと」
「ふふ。そうよ。最初はダンジョン協会の関係者を殺して、私たちの要求を受け入れるように迫ればいいと思っていた。だけどね……」
「……」
「奴らはなかなか頑固だったの。ダンジョン協会、政治、行政、この機関に属する偉い人たちはお互い繋がっているんことを知ったわ。恵まれた一部の人だけがいい依頼を受けられて、スポットライトを浴びて、いい機会を独り占めできる。そういう仕組みを奴らは作った」

 俺も理恵をそんな一部に人たちからなる社会に入れてやりたくて必死に頑張ってきた。

 なのに蘭子さんはその仕組み自体に梃子を入れるつもりだろうか。

「祐介」
「……はい」
「必要悪ってのは、社会が回復不能になるまで腐ってしまえば、善と化すのよ(・・・・・・)
「っ!」

 蘭子さんは急に拳を握りしめて目を細めた。

 彼女の真っ赤な瞳に奥には全てを焼き殺すほどの強い炎が燃え盛っていると感じるほど鋭い。

 凄まじい殺気だ。

 俺の中途半端な人生観で判断できる人じゃない。

 俺よりずっと暗くて辛い人生を歩んできた傷だらけの人だ。

 俺は一体何を彼女に言うべきか。

 いや。

 俺の価値観なんかどうでもいい。

 早苗さんが頼んできたのだ。

 自分の死んだ夫の妹である蘭子さんをなんとかしてと。

「俺の浅はかな考えで意見するつもりはありません。でも……」
「……」

 蘭子さんは怒りを募らせながら俺を見つめる。

 そんな彼女に俺は言った。

「蘭子さん」
「ふえっ!?」

 急に名前を呼ばれたことで、怒りの表情から一転目を丸くして驚く。

「早苗さんは蘭子さんが幸せになることを望んでいます。俺も同じだ」
「……早苗ちゃん、言ったのね」
「はい。別にダンジョン協会の人間と政治家が全員死のうが、俺は全く構いません。でも、それで蘭子さんの怒りは完全になくなると言えますか?」
「っ!それは……」

 蘭子さんの鮮烈な赤い瞳に戸惑いの色が混じる。

「口だけ達者な協会の奴らが言ったら、首を飛ばす案件だけれど……」
「っ」

 蘭子さん……
 
 そんな怖い言葉を軽々しく言うものではありません。

「祐介……」
「な、なんでしょう……」

 彼女はぶんむくれた表情で俺を睨んできた。

 さっきまでの大人としての余裕とカリスマと殺気は鳴りを顰め、まるでものをねだる子供のように俺を見ている、

「私と一戦交えなさい」
「え?」
「拒否権はないの」

 と、言い残して急に双眸を細めた蘭子さんはこれまで見たことのない早いスピードで俺に向かって走り出す。

「っ!」