「なに、食いたい?」

「向坂さんの食べたいものでいいですよ」

すれ違う女性がちらちらと振り返る。
背の高い彼はそれだけ、目立っていた。

「んー、そうだなー。
こっち最後の夜だろー?
食いたいものがいっぱいあって決められない……」

がっくりと向坂さんの肩が落ちた。
彼は美味しいものが大好きで、行きつけのお店がいくつもある。

「んー?
んー?
よし、決めた!」

ぽん、と軽く手を打ち、にぱっと彼は笑った。

結局、連れてきてくれたのはイタリアンのお店だった。

「もうここに来られないなんて、残念だな」

「プライベートで来たらいいじゃないですか」

「そーだなー」

本気で残念がっている向坂さんが少しおかしい。
すぐに注文したワインが届く。

「じゃあ、由比の今後の活躍に」

「ちょっと待ってくださいよ!
ここは向坂さんの栄転に、では?」

「んー、なんでもいいや。
乾杯」

強引に向坂さんがグラスをあわせ、小さくチン、と音がした。

「でも本社のサービスセンターの次席って、凄い出世じゃないですか」

ちびちびとワインを飲む。