まさか本当に魔法をかけたわけじゃないだろうけれど、優しい甘さはがちがちになっていた心を少し、ほぐしてくれた。
キラキラ上司は疲れるけど、悪い人じゃない。

「もうちょっとだけ、頑張ろうかな」

そうやってもうちょっと、あとちょっとと続けているうちに次の春がきてもうその次の春がきた。
続けているうちに、向坂さんの言葉の意味がわかってくる。
どんな相手でも嫌がらずに誠心誠意話す私の姿勢は、この仕事に向いていたのだ。
代理店から由比ちゃんになら任せておいて大丈夫、なんて言ってもらえて辞めなくてよかったと思った。

「ほら、俺が言ったとおりだっただろ」

次の春がきたとき、向坂さんはそう言って笑っていた。

――この人が好きだ。

そう、自覚したのはいつの頃だろう。
もしかしてあの日、チョコをもらったときかもしれないし、次第にかもしれない。
いつ自覚したにしても相手は既婚者。
絶対に恋をしてはいけない相手。
この想いは誰にも漏らしてはいけないと思っていたのだけれど……。



「終わったか?」

いつまでも私が戻らないからか、向坂さんが裏に来た。

「あ、はい。
終わりました」