そう言いながらも声はどんどん鼻声になっていく。
溜まる涙を見られたくなくて俯いた。

「……由比に泣かれると困る」

そっと、向坂さんの指が私の目尻を撫でる。
驚いて顔を上げると、不機嫌そうな彼が見えた。

「由比にはいつも、笑っていてほしい」

「……向坂、さん?」

思い詰めたような彼の顔に、心臓が一気に締め上げられる。
けれど彼はふっ、となんでもないように笑った。

「酔ってるな、俺」

なのに空になっていたグラスにワインを注ぎ、向坂さんは一気に飲み干した。

微妙な空気のまま店を出て駅まで送ってもらう。

「じゃあ、元気でな」

「向坂さんこそ、お元気で」

ここで別れればもう、二度と会うことはない。
わかっているからこそ、足が動かない。

「由比?」

黙ってうつむいたまま私が動かなくて、向坂さんは怪訝そうだ。
相手は既婚者、わかっている。

「どうした?」

意を決して勢いよく顔を上げる。
真っ直ぐにレンズの奥の、彼の瞳を見た。
どくん、どくんと心臓は自己主張を続けている。
これからやろうとしているのは許されないことだとわかっている。
でも最後、だから。