「それができたら苦労はしない……」

はぁーっと向坂さんの口から重いため息が落ちる。
イケメンエリートの彼の、唯一にして最大の欠点だから仕方ないといえば仕方ないのかもしれないけれど。

どうでもいい、今までのことを話ながら食事は進んでいく。

「でも俺が言ったとおりだったろ。
由比はこの仕事、向いている」

眼鏡の下で目を細め、向坂さんがうっとりと笑う。
その顔を見て、ぼっと顔が一気に熱くなった。

「私がこの仕事を続けていられるのは向坂さんのおかげです。
ありがとうございます」

「よせよ、俺はなにもしていない。
由比が頑張ったからだろ」

手が伸びてきて、私のあたまをくしゃくしゃと柔らかく撫でる。
少しだけ目尻を下げ、笑い皺を眼鏡の影にのぞかせて幸せそうに。
それを見ていたら不意に――涙がぽろりと、落ちた。

「……由比?」

一気に向坂さんの顔が曇っていく。
慌てて顔を拭って誤魔化した。

「えっ、あっ、えっと、……ちょっとゴミが、入って」

「ほんとか?」

向坂さんの顔はいっこうに晴れない。
それどころか真剣に私を見つめている。

「はい。
もう大丈夫、です、から……」