目の前で黙々と作業する彼をちらり。
五つ年上で三席の彼――向坂(さきさか)さんは入社当時、私の教育係だった。

「悪いな、最後まで付き合わせて」

私の視線に気づいたのか、向坂さんが顔を上げる。
メタルハーフリムの眼鏡の向こうで目尻が下がり、柔らかいアーチを描いた。

「……いえ」

熱くなった顔に気づかれないように俯く。
視界に入ってきた彼の左手薬指には指環が光っていた。

「なんだかんだいって由比(ゆい)には頼りっぱなしだったな」

「そんな。
私のほうこそ向坂さんにはお世話になりっぱなしで」

俯いたまま書類整理の作業を続ける。
彼は転勤になり、この職場は今日が最後だ。

「そうか?
俺より由比の方がしっかりしてるからやっていけたんだと思うぞ。
現に、この状態だ」

はぁっ、と向坂さんが小さくため息を落とし、さすがに苦笑いしてしてしまう。

整理整頓が苦手な彼は、大量にいろんなものをため込んでいた。
第三センターの腐海、あそこに取り込まれたら二度と見つからない、とまでいわれていたくらいだ。