朝、シーツの擦れる音がして目が覚める。柊くんがベッドから出ていく気配を背中で感じた。着替える音やキャリーケースを閉める音も……柊くんは私に気遣いながら静かに、帰る準備を進めていた。

「柊くん、おはよう」

 私はベッドの上に座り、柊くんに声をかける。

「あ、起こしちゃった?」
「もう、起きてた。柊くん、もう帰るの?」
「うん」

 それぞれ別々に、好きなタイミングで帰ろうと柊くんに提案されていた。本当は一緒に帰りたかったけれど、柊くんが「この思い出の場所で、僕達の関係を本当に終わらそう」って。私は柊くんがこの部屋を出てから、一緒に過ごした余韻に浸り、しばらく経ってから帰ろうと思う。

今回の旅行の後は、もう会わずに過ごそうって約束もした。お互いがそれぞれ別々の道を進めるように――。

「じゃあ、行くね」
「うん、柊くんが幸せに生きていられますように」
「伊織も、幸せな人生過ごせますように」

 柊くんは別れの扉を開けた。

「柊くん、またいつでも私の隣に戻ってきてもいいから。どんな柊くんでも、いつでも……。本当に戻ってきていいからね」

 上手く言えなかったけれど、別れ際に伝えたいことを伝えられた。だけど柊くんはその言葉に返事はしなかった。

 私に背中を向けながら「サヨナラ」と呟く彼。
 私は彼の背中に向けて「サヨナラ」と言った。

 ドアが閉じる時の音がとても大きく感じる。
 本当にふたりの関係は終わってしまった。

 テーブルの上にある、残されたふたつの指輪を見つめる。夜、ふたりの挙式を終えた後は再び仲良く寄り添うように箱の中に収められた。私は指輪達を見つめた。

 いつかまた、柊くんの笑顔を見られますように。
 いつかまた、柊くんが私の隣に戻ってきてくれますように。

 もしももう一度、隣に戻ってきてくれたその時は、今度こそ沢山の幸せを渡したい。

 この指輪は、ずっと私が持ってるね。
 ずっとずっと大切に――。

 これからも長く幸せに、柊くんが生きてくれますように。と願いながら、リングケースの蓋を閉じた。

――ねぇ、柊くん。私は、柊くんに、何か幸せを渡せたのかな。