私達の一夜限りの結婚式は、終わった。

***

 真夜中、なかなか眠れなかった。今、私は柊くんと同じベッドの中にいて、ずっと柊くんに背中を向けたまま目を開けていた。

「伊織、寝てる?」

 多分柊くんは、私の寝息が聞こえなくて、私が起きていることを確認してから話しかけてきた。柊くんは眠っている私の名前を呼んでわざわざ起こしたりはしない。そういう人だから――。

「起きてたよ、柊くんは?」
「伊織の背中をずっと見つめてた。同じベッドの中にいるのに、遠くにいるように感じるなって考えながら……」

 寂しい話は、今はしたくない。
 向きを変えて、柊くんを見つめた。

「ねぇ、柊くん。高校の時のことって覚えてる? 例えば、私と話したことも」
「覚えてるよ、同じクラスになって伊織が自己紹介してた時のことも――」
「そこまで覚えてるんだ。正直、私は柊くんの自己紹介、覚えてないな」
「だろうね『白石 伊織です。よろしくお願いします』って小さな声で恥ずかしがってたよね

「それ、私の声真似してるの?」
「うん、真似してみた」

 私達は一緒に微笑んだ。

「ねぇ、私、どんなイメージだった?」

「可愛くて静かで。おとぎ話に出てくる姫みたいで守ってあげたくなるようなイメージだったな」

 本当にあの時は今よりも静かで、あんまりクラスの人と話さなかったな。
 柊くんが話しかけてくれるようになって……柊くんの存在が本当に大きくて、特別だった。

「普段は控えめで静かなタイプだったけれど、だんだん僕に対してだけ明るく接してくれるようになって。本当の伊織を知れて、それが嬉しかったよ」

「だって、柊くんいっぱい話しかけてくれて、話しやすかったから。そういえば体育祭の時に私が怪我をして柊くんは――」

 時間を忘れ、思い出話に花が咲いた。
 今日みたいに、こんなに話をするのは久々だ。

 眠たくなってきて、私はあくびをした。

「そろそろ寝ようか」と、私のあくびが合図だったかのようなタイミングで柊くんが言う。

「そうだね、おやすみ」
「おやすみ」

 柊くんが目を閉じたのを確認すると、私も目を閉じた。

「……ねぇ、柊くん。最後に質問あるんだけど、いい?」
「うん、いいよ」
「柊くん、本当に他に好きな人ができたの?」

 目を閉じながら、自分の全てを集中させて、柊くんの返事を待つ。

「……うん、できた」

 私の質問に間をあけ、柊くんはそう答えた。


――やっぱり、柊くんは私に嘘をついていたんだ。

 柊くんは「好きな人以外にキスは出来ない」って以前言い切っていた。さっきしてくれたキスは、きちんと愛のあるキスだった。この旅行での優しさも、全てに愛があった。

柊くんと別れる原因になったのは、柊くんが「他に好きな人が出来た。その人とは上手くいくか分からないけど」って、打ち明けてきたからだ。その時も、今の質問の答え方の違和感も。十年も一緒にいたんだから、分かるよ。その答え方で、それは嘘だと確信した。やっぱり私達は今も、愛し合っている。

 そして――。

 旅行に行く少し前、珍しく柊くんの母親にランチに誘われた。もう別れて別々に暮らしていることも伝えたけれど、その時、柊くんが私に秘密にしていたことを話してくれた。

柊くんが病気を患っていて、あと数年生きられるか分からないってこと。そして悪化したら必ず私に迷惑をかける日が来るから、別れるか悩んでいたこと。

 その話を聞いた時、柊くんが病気なのが信じられない気持ちと共に、どこまで私に対して優しいんだよって思った。そして何故柊くんは私に打ち明けてくれないんだって悔しさのような気持ちも込み上げてきた。

あらためて柊くんと一緒に暮らしていた時のことを思い出すと「疲れた」って言いながら、起きてこない日もあった。仕事で疲れたのかなって感じてたけれど。違うかもしれないけれど、それも病気のせいだったんじゃないか?って。もっと労わって、話を聞いて……柊くんに色々もっとできたんじゃないか? 柊くんが心の内を打ち明けやすいように、もっと自分から心を通わせられたんじゃないか?って。今更後悔の念に駆られる。

――考えてみれば、この十年間、私だけ心の内を明かしていた気がする。

「実は病気のことを知っていたんだよ」って、柊くんに何度も言いたくなった。だけど、隠し通そうとする姿を見ていると、言えなくて。それも今後の私の幸せを考えてしてるんだって気がついていた。

 でもね、最後まで打ち明けてくれなくて、正直少し寂しい気持ちもあるかな――。

「そっか、その人と、上手くいくといいね。じゃあ、おやすみ」

 そう言うと私は再び彼に背を向けて、目を閉じた。