***
付き合い始めたのは高校三年生の時、雪が降り積もり始めた季節だった。放課後、学校の前で何気ない会話をしていた時に、突然告白された。
「白石さんに言いたいことがあって……」
「何?」
「好きだから、付き合ってほしくて――」
「……うん、いいよ」
「あぁ、すごく緊張した。どうやって告白しようか、100パターンぐらい考えた」
「そんなに? 嘘でしょ」
「うん、嘘。10ぐらいかな? でも頭が真っ白になって全部忘れた」
「ふふ、相田くんっぽい」
「何それ?」
もう、友達以上の心の繋がりを感じていたし、私も好きかもって気持ちがあったから、迷いなく返事をした。
あの日の事は鮮明に覚えている。
言葉も風景も、そして柊くんの表情も――。
告白された時は寒い日だったけれど、ふんわりと降る雪に包まれながらふたりで笑って、すごく心が温かかった。
柊くんとは高校一年生の時から同じクラスだった。同じクラスになってから沢山話しかけてくれて、人と話すのが得意ではない私でも会話が続いた。心の内を誰にも見せられなかった私は、唯一柊くんには見せても大丈夫かな?って思い、私が当時こっそりと思い描いていた、女優になりたい将来の夢の話もしたりして。
現実は夢に近づくことはなく、どんどん想像していた世界とは別の人生ルートを突き進んでいった。だけど柊くんと一緒にいる日々はとても幸せで――。
柊くんと同棲も始めた。
一緒に暮らすと時々、どっちかがイライラして喧嘩になることもあったけれど、すぐに仲直りした。不満というか、合わないなって思ったのは私が寒がりで柊くんは暑がりだったところとか。でも最初は柊くんの好みの温度で、エアコンの温度がとても低い設定だったけど、寒がりなことを伝えたその日から、いつも家を暖かくしてくれて、私に合わせてくれた。あと、強く記憶に残っているのは、おかずのしょっぱさの好みで一瞬揉めた?ことかな。
「このお惣菜、味薄いかも」
「えっ、ちょうど良くない? したっけ、私がいつも作ってるおかずも薄いの?」
「……い、いや。そういうことではなくて。うん、薄いかも――」って。その時は「なんでそのおかずを作った時に言ってくれなかったの?」って、ムッとしたけれど、それからは濃いめの味付けにするようになった。今考えると、とても小さいことだったな。
最初に感じていた胸の高まりは静まって、一緒にいると落ちつく存在になって。隣にいるのが当たり前で――。だけど当たり前ではなかった。
別れの日が来たのだから。
同棲していたアパートの一室も、元々私が柊くんのところに通うようになって、荷物も彼の家に置くようになって、少しずつ私のものが増えていき。自然の流れでいつの間にか一緒に暮らすようになった感じだった。だから別れをふたりで決めた日から、別の住む場所をすぐに探した。
今はもう、ふたりは別々の場所に住んでいる。私のところには柊くんがいないし、まだ部屋にはあまり物がないから、ひとりで家の中いると寂しい気持ちになる。だから今回の旅行では、自分の部屋に置く用の雑貨も沢山買った。柊くんと一緒に選んだ記憶を、部屋に置くものに詰め込んでおきたくて――。
***
「じゃあ、私から言うね……柊くん……」
「あ、待って?」
柊くんは、柊くんの鞄の中をあさると、小さな箱を出す。
「これ、使い道なかったから、今使う?」
「持ってきたんだ。なんで?」
「せっかく一緒に時間をかけて選んだのに、これどうしようかなって思って、今日伊織に聞こうかな?って……」
白いリングケースに入ったお揃いの、サイズが違うふたつの指輪を見つめた。銀の指輪は、箱の中で仲良く寄り添っていた。
「柊くん、それ、今、使おっか」
もう一度仕切り直し、向かい合わせになる。
「柊くん、柊くんは、私を十年間愛してくれていたことを誓いますか?」
「はい、誓います。伊織は、十年間、僕を愛していましたか?」
「……はい」
「ちょっと間があった?」
「ないよ! ずっと大好きでした」
全部過去形の言葉。過去に愛をしまいこもうとしている言葉を形にするたびに切なくなる。
「伊織、次、どうしようっか」
「指輪? 指輪の儀式にいく?」
柊くんが私の薬指に指輪をはめた。私も続けて柊くんの薬指に指輪をはめる。
次は、キス?
柊くんと見つめあった。今私は、久しぶりに胸の高鳴りを感じていた。付き合い始めた頃のような新鮮な気持ちもある。初めてしたキスは、すごく細かく覚えている。付き合い始めてからもなかなかふたりの関係に進展はなくて。初めてした場所は、この部屋だった。お互いにハニカミながら、ベッドの上でキスをした。だから余計にその時を思い出してか、ドキドキしている。
私は今、緊張して複雑な表情をしていると思う。そんな私の顔を見て柊くんは「可愛い」と微笑んだ。
それから彼の顔が近づいてきて。
ふわっと、あの時とは何も変わらない、優しいキスをしてくれた。
もうその優しさも感じられないんだと思うと、胸が苦しくて、締めつけられる。
「柊くん、私やっぱり別れたくないよ――」
別れたくない気持ちと涙が一緒に心の底から込み上げてくる。柊くんはそんな私を、何も言わずにただずっと、強く抱きしめてくれていた。
付き合い始めたのは高校三年生の時、雪が降り積もり始めた季節だった。放課後、学校の前で何気ない会話をしていた時に、突然告白された。
「白石さんに言いたいことがあって……」
「何?」
「好きだから、付き合ってほしくて――」
「……うん、いいよ」
「あぁ、すごく緊張した。どうやって告白しようか、100パターンぐらい考えた」
「そんなに? 嘘でしょ」
「うん、嘘。10ぐらいかな? でも頭が真っ白になって全部忘れた」
「ふふ、相田くんっぽい」
「何それ?」
もう、友達以上の心の繋がりを感じていたし、私も好きかもって気持ちがあったから、迷いなく返事をした。
あの日の事は鮮明に覚えている。
言葉も風景も、そして柊くんの表情も――。
告白された時は寒い日だったけれど、ふんわりと降る雪に包まれながらふたりで笑って、すごく心が温かかった。
柊くんとは高校一年生の時から同じクラスだった。同じクラスになってから沢山話しかけてくれて、人と話すのが得意ではない私でも会話が続いた。心の内を誰にも見せられなかった私は、唯一柊くんには見せても大丈夫かな?って思い、私が当時こっそりと思い描いていた、女優になりたい将来の夢の話もしたりして。
現実は夢に近づくことはなく、どんどん想像していた世界とは別の人生ルートを突き進んでいった。だけど柊くんと一緒にいる日々はとても幸せで――。
柊くんと同棲も始めた。
一緒に暮らすと時々、どっちかがイライラして喧嘩になることもあったけれど、すぐに仲直りした。不満というか、合わないなって思ったのは私が寒がりで柊くんは暑がりだったところとか。でも最初は柊くんの好みの温度で、エアコンの温度がとても低い設定だったけど、寒がりなことを伝えたその日から、いつも家を暖かくしてくれて、私に合わせてくれた。あと、強く記憶に残っているのは、おかずのしょっぱさの好みで一瞬揉めた?ことかな。
「このお惣菜、味薄いかも」
「えっ、ちょうど良くない? したっけ、私がいつも作ってるおかずも薄いの?」
「……い、いや。そういうことではなくて。うん、薄いかも――」って。その時は「なんでそのおかずを作った時に言ってくれなかったの?」って、ムッとしたけれど、それからは濃いめの味付けにするようになった。今考えると、とても小さいことだったな。
最初に感じていた胸の高まりは静まって、一緒にいると落ちつく存在になって。隣にいるのが当たり前で――。だけど当たり前ではなかった。
別れの日が来たのだから。
同棲していたアパートの一室も、元々私が柊くんのところに通うようになって、荷物も彼の家に置くようになって、少しずつ私のものが増えていき。自然の流れでいつの間にか一緒に暮らすようになった感じだった。だから別れをふたりで決めた日から、別の住む場所をすぐに探した。
今はもう、ふたりは別々の場所に住んでいる。私のところには柊くんがいないし、まだ部屋にはあまり物がないから、ひとりで家の中いると寂しい気持ちになる。だから今回の旅行では、自分の部屋に置く用の雑貨も沢山買った。柊くんと一緒に選んだ記憶を、部屋に置くものに詰め込んでおきたくて――。
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「じゃあ、私から言うね……柊くん……」
「あ、待って?」
柊くんは、柊くんの鞄の中をあさると、小さな箱を出す。
「これ、使い道なかったから、今使う?」
「持ってきたんだ。なんで?」
「せっかく一緒に時間をかけて選んだのに、これどうしようかなって思って、今日伊織に聞こうかな?って……」
白いリングケースに入ったお揃いの、サイズが違うふたつの指輪を見つめた。銀の指輪は、箱の中で仲良く寄り添っていた。
「柊くん、それ、今、使おっか」
もう一度仕切り直し、向かい合わせになる。
「柊くん、柊くんは、私を十年間愛してくれていたことを誓いますか?」
「はい、誓います。伊織は、十年間、僕を愛していましたか?」
「……はい」
「ちょっと間があった?」
「ないよ! ずっと大好きでした」
全部過去形の言葉。過去に愛をしまいこもうとしている言葉を形にするたびに切なくなる。
「伊織、次、どうしようっか」
「指輪? 指輪の儀式にいく?」
柊くんが私の薬指に指輪をはめた。私も続けて柊くんの薬指に指輪をはめる。
次は、キス?
柊くんと見つめあった。今私は、久しぶりに胸の高鳴りを感じていた。付き合い始めた頃のような新鮮な気持ちもある。初めてしたキスは、すごく細かく覚えている。付き合い始めてからもなかなかふたりの関係に進展はなくて。初めてした場所は、この部屋だった。お互いにハニカミながら、ベッドの上でキスをした。だから余計にその時を思い出してか、ドキドキしている。
私は今、緊張して複雑な表情をしていると思う。そんな私の顔を見て柊くんは「可愛い」と微笑んだ。
それから彼の顔が近づいてきて。
ふわっと、あの時とは何も変わらない、優しいキスをしてくれた。
もうその優しさも感じられないんだと思うと、胸が苦しくて、締めつけられる。
「柊くん、私やっぱり別れたくないよ――」
別れたくない気持ちと涙が一緒に心の底から込み上げてくる。柊くんはそんな私を、何も言わずにただずっと、強く抱きしめてくれていた。