コンセントを差し込み、頼りにしていた明かりが漏れている入り口ドアを閉めた。
一瞬にして部屋の中が真っ暗になる。目が慣れていないから、電源スイッチを手探りで探した。
いつもは大体の場所を把握してからドアを閉めるのに、加地くんがいることでそれを忘れてしまった。スイッチの在処に手間どっていると、右腕にそっと触れる感触。
「ドア閉める前に電源入れたら良かったのに」
耳元で加地くんの声が聞こえて、一気に心拍数が上昇する。
止まってしまったあたしの腕を辿るように、加地くんの手が下がってきて、プラネタリウムの機械を見つける。
「ここかな?」
手探りでスイッチを探す加地くんの距離が、見えていないのに近い気配で心臓が持ちそうにない。
一度で発見したスイッチを押すと、部屋の中に星空が映し出された。
無数の人工的な星屑は、あたしと加地くんの顔も僅かに照らす。
この瞬間が好きだから、いつも真っ暗にしてから電源を入れているんだ。
「あー、そっか。真っ暗からこれが見えると、なんかエモいね」
ふふ、と納得するように腕を組んで、すぐ側で加地くんが微笑む。暗がりが熱を放出させているあたしの顔を、うまく誤魔化してくれていることを願うしかない。
「俺ね、フラれたんだ」
「……え」
しばらく無言のまま二人で天井を見上げていると、突然加地くんが感情の乗らない声で言った。
「なんかね、気持ちが重いらしい。好きだからそばにいたいし、触れたいし、何してるのかとかどこにいるのかとか、俺のことちゃんと好きでいてくれてるのか、全部気になっちゃって。無意識に聞き過ぎていたみたい。そしたら、なんか、そういうの聞いてくるの嫌いって言われた」
止まらずに喋り続ける加地くん。触れそうな程近くにある腕が、震えているような気がして、視線を天井から加地くんへと下ろした。
ようやく暗闇にも目が慣れてきて、頬を伝う加地くんの涙が、星を投影する光に反射して煌めいて見えた。
やっぱり、さっき感じた目元の違和感は、泣いたような跡だったんだ。
見つめていたあたしに気がついた加地くんが、慌てて涙を拭っている。
そっと、加地くんの背中に手を当てた。
泣いていいんだよ。と、言葉にはしなかったけれど、優しくさすってあげると、堰を切ったように加地くんは泣き出した。
「ここには、あたしと加地くんしかいない。だから、思う存分に泣いていいんだよ」
わんわんと、子供が泣くように声を上げて泣く加地くんのことを、あたしはずっと見守っていた。
こんなに想われている福永さんが、羨ましいと思った。
だけど、あの会話を聞いてしまったから、福永さんにとっては、加地くんの気持ちは嬉しいものではなかったのかもしれない。
あたしには、まだ恋がなんなのかよくわからない。だから、こんなふうに純粋に人を好きになれる加地くんのことが、すごいなって思った。
落ち着いた加地くんと資料室から出ると、すでに外は真っ暗だった。
廊下の電気で室内が照らされている。
「イケメンが台無しだから暗くてよかったね」
少しでも笑いをと思って言ったあたしの言葉に、加地くんはきょとんとした顔をしている。
「汐谷さんそんなこと言うんだね」
「え? だから、あたしだって年中真面目なわけじゃないんだよ」
これ以上落ち込まないようにと言ったつもりなのに。
「ごめん、優しいね、汐谷さんって。ありがとう」
「いいえ、もう遅いし気を付けて帰ってください」
荷物を手にして帰ろうとして言うと、なぜか加地くんが笑った。
「なに?」
「……いや、なんか女の子に気をつけて帰ってなんて、言われたことないからびっくりしちゃって」
「……あー、そうなんだ」
「汐谷さんこそ、こんな暗くなるまで付き合わせちゃったし、送っていくよ」
「え!? いや、大丈夫!」
「遠慮しないでよ。俺教室に荷物取りに行ってくるね」
「え、あ、ちょ、大丈夫だから!」
泣き顔はどこへやら、颯爽と行ってしまった加地くんに呆れてしまう。
男の子と、しかも人気者の加地くんと一緒に帰るなんてあたしに出来るはずが無い。何を話せばいいのかもわからないし、もしかしたら福永さんに対する愛を延々と語られる可能性だってある。
それはちょっと無理。恋愛経験値のないあたしには頷くことも無理がある。
だから、ごめんなさい。
心の中で謝って、あたしは急いで家へと帰った。