窓には暗幕が引かれて、天井いっぱいに無数の星が散らばって投影されている。
 狭い空間に椅子を置いて、首が落っこちそうなくらいに見上げていた。

 生徒会室の奥にある資料室。教室の三分の一スペースもないくらいの部屋が、即席のプラネタリウムになっている。

「もうすぐ満月かぁ」

 一人しかいないのに呟いてみた。
 しばらく星空に浮かんでいる自分を想像しながらぼーっとしてしまう。このなんにも考えない時間が、とても有意義なのである。椅子の背もたれに背中を預けて、しばし惚けていた。

 すると、どこからか、スースーッと寝息のような一定のリズムで呼吸音が聞こえてくるのに気がついた。

 誰かいる?

 一気に現実に引き戻されて、辺りを見回した。いつも一人だけの空間だと思って使っていたから、まさか誰かが入り込んでいるなんて、考えもしなかった。
 ドクドクと早くなる心臓をギュッと服の上から押さえる。静かに立ち上がって、部屋の一番奥まで進む。

 恐る恐る、見えてきた長い足は、男子生徒の制服。棚と棚の間に出来た隙間に、挟まるように座り込んで目を閉じている。さっきから聞こえてきていた寝息。すぐそばまで寄ってみても、起きる様子はない。お腹の上に乗った手が、上がったり下がったりとゆっくり繰り返している。
 さらりと流れた前髪。閉じたまつ毛が長い。この顔に、見覚えがある。
 同じクラスの加地(かち)月斗(つきと)くんだ。

 ヤンチャで派手なイメージ。部屋が暗いから黒く見えるけれど、教室で見る髪色はだいぶ明るいし、耳元のピアスがそれを物語っている。

 どうしてこんなところで、眠っているんだろう。どうやってこの場所がわかったの? あたししか知らないお気に入りの場所なのに。

 なんだか、プライベートに土足で入り込まれたみたいで胸の中がモヤッとしてしまう。
 今すぐ出ていって欲しいけれど、起こして文句は言われたくないし、どうしよう。

 小さくため息を吐き出して、あきらめて部屋を出ようとしたその時、カタッと物音がした。

「……あれ、ここどこだ? いでっ!」

 立ち上がったんだろう、ゴンっと鈍い音と一緒に苦痛の声が聞こえてくる。
 たしか、彼の寝ていたすぐ真上の棚に段ボールが置かれていた。長身の加地くんだから、きっとそれにぶつかってしまったんだろう。
 仕方なく、あたしは部屋の明かりをつけるスイッチを押す。

 そこまで離れていない距離に、加地くんと目が合った。

「あ、明かりありがと」

 頭上を確認しながら加地くんがお礼を言うから、あたしは小さく頷いた。

「この部屋めちゃくちゃいいね、気に入っちゃった」

 ニコニコと近づいてくる加地くんに眉を顰める。

「ここは……あたしのお気に入りなんで……」
「え? こんないいとこ独り占め? 勿体無い。みんなに教えたい」
「は!?」

 それだけはやめてほしい。せっかく日頃の現実逃避ができる空間を作り上げたんだ。そう簡単に手放せるわけがない。

「それだけは……」

 焦るあたしを見て、加地くんが不敵に笑いながら近づいてくる。

「渡り廊下から、生徒会室ってよく見えるんだよね、いつも一人で作業している汐谷さんのこと見つけて、部活サボって眺めてたんだよ。そしたら、何度かこの部屋に入って行くのが見えて。こっそり俺も入ってみたら、真っ暗で狭いし居心地良くってつい、寝ちゃったってわけ」

 最後はおどけるように笑って言うから、なんだか呆れてしまう。

「あたしだって、ずっと真面目なわけじゃない。時々、悪いことだってしたくなる」

 やらなきゃ行けないこと投げ出してみたり、校則破って制服着崩したり、授業だってつまらないと抜け出したくなる。

「もうすぐ満月なの?」
「え……うん、月末の金曜日」
「そっか」

 加地くんはまた、天井に目を向けた。

「また明日も来るね」

 よろしくと、軽く手を振って加地くんは部屋から出て行った。外の日差しが開けたドアから入り込んできて、光の線を描く。目を細めて後ろ姿を見送った。
 キラキラと、暗がりでは見えなかった加地くんの髪の毛が、陽だまりの輝きを放つ。
 さっきまでここにいた彼はもう、いないような気がした。