異都の坑道の先には無数の(ほら)がある。一つの洞には、一組の夫婦の(ねや)があるという。
 異都の住民の寿命はとても短い。日に当たることができず、乏しい食料しか口にできないのでは、孫を抱くまで生きるのさえ難しい。
 その難しさが、彼らを愛情深くしているのかもしれなかった。ほとんどの子どもは生まれたときに親同士が縁談をまとめ、十代の半ばほどで夫婦となるが、名那は不仲な夫婦というものを聞いたことがなかった。子に恵まれなくとも、早くに死別しても、彼らは夜眠るときは必ず二人が結ばれた洞に戻っていく。
 名那の同い年の少女も、結婚するまでは夫となる少年と喧嘩ばかりしていた。けれど夫婦となってからは、日中の仕事が終わると振り向きもせずに夫との洞へ帰っていく。
 洞では何が行われているのだろう。名那はたまらなくそれを覗いてみたかったが、洞の中のことは夫婦の秘密だった。
「名那、もう一つ」
 声をかけられて、名那ははっと我に返る。
 黒耀の膝の上に乗せられて、名那は果物を口に運ばれていた。赤く甘酸っぱい実が、名那の唇に触れている。
「……お腹いっぱい」
「まだ入るだろう?」
 迷いのない口調は、名那の内心を見透かしているようだった。確かに、お腹は減っている。だからこそ食べたくないのだ。
「みんなに知られたら……」
 この果物は滋養があって喉通りがいい。気がつかない内にたくさん食べてしまう。一粒ずつが貴重な薬で、貧しい家では病気のときにしか買うことはできないのに。
 顔を背けようとした名那に、黒耀はざわつくように喉の奥で笑う。
「洞の中のことを誰かに教えるのか? 悪い子だ、名那」
 ふいに彼の膝をまたぐように座らされている自分が恥ずかしくなる。息が触れる間近でみつめられていると思うと、喉が渇く。
「私とこうしているのはもう飽きたか?」
「そんなこと……ない」
「ならいい」
 くすくす笑いながら首を傾げた彼に、名那は身を固くする。
 養い親にどうしてざわつく胸の熱さを感じるのだろう。そんな自分に、名那は焦げるような罪悪感を抱いていた。
「親は子に栄養を与えるものだよ。たっぷりとね」
 皿に山と盛られた果実。名那の目には氷砂糖を浴びて赤黒く熟れたさまが、禍々しい毒薬のように見えた。
「ゆっくりおあがり。なに、お前が知らないだけで、みんな洞の中で秘密の楽しみを持っている」
 黒耀は一つ果実を取ると、それを名那の口に運ぶ。
 名那はためらいながら、また一つ砂糖菓子を口に受け入れた。