椿の花が落ちるように、異都の冬は唐突にやって来る。
昨日まで茂っていた植物は枯れ、洞の壁は氷と同じ温度になる。外には灰に似た雪がしんしんと降って、音も生命の色もかき消していった。
「今年も冬が来たな」
名那は顔を上げていろりの向こうの黒耀を見た。敷布に片膝を立てて座っていた黒耀は、鍋の煮え具合を見ながら言う。
「またずいぶんと寒い。それに長いだろう。……さ、もっとお食べ」
黒耀に勧められて、名那は椀に口をつけた。鼻先にきのこの香ばしさが漂う。あと数日で植物はしおれて、これも食べられなくなるだろう。
二口ほど飲んで、名那は椀を下ろす。みつめる黒耀の視線を感じながら、名那は口を開いた。
「黒耀さまは覚えている?」
黒耀は首を傾ける。名那は眉を寄せて言った。
「出会った頃のあなたが思い出せないの」
「私はどんなささいなことも覚えているよ。だからお前が覚えている必要はない」
黒耀は立ち上がって名那の横に席を移すと、彼女の隣からいろりの火を見やる。
「お前は何度も赤子からやり直して、何度となく私から離れていった」
うつむいた名那に、黒耀は苦笑する。
「長い時の中で、お前と共有できないことはたくさんあると知った。だがお前と同じでないから、一緒にいられる」
「黒耀さま?」
名那の手から椀を下ろして、黒耀は彼女の手のひらを眺める。
「私はお前にいろいろなものを贈ったな。きらめく宝石も、至福に酔う氷菓子も。……けれど今世だからこそ、お前に贈ることができるものがある」
黒耀はうなずいて、名那の手を自らの手で包んだ。
「綺麗なだけの箱庭の世界。中身のない、空っぽの底の国」
黒耀は身を屈めて名那に口づけた。
名那を胸に収めて、黒耀は背をさする。
「ここはどこにも逃れられない地獄で、何に怯えることもない楽園なんだよ。……もう少しだけ、ここで私と共に過ごそう」
黒耀が口づけたとき、名那の体は奥底がうずいた。
少しずつ変わりながら時を重ねて、今この時に至っている。
暗い歓喜のような矛盾した感情の間で、名那は黒耀の体に身をすり寄せる。
……結局、結ばれたのはいつで、眠りに落ちたのもいつだったか。
名那は邪神の彼と、今も箱のような世界で共に過ごしている。
昨日まで茂っていた植物は枯れ、洞の壁は氷と同じ温度になる。外には灰に似た雪がしんしんと降って、音も生命の色もかき消していった。
「今年も冬が来たな」
名那は顔を上げていろりの向こうの黒耀を見た。敷布に片膝を立てて座っていた黒耀は、鍋の煮え具合を見ながら言う。
「またずいぶんと寒い。それに長いだろう。……さ、もっとお食べ」
黒耀に勧められて、名那は椀に口をつけた。鼻先にきのこの香ばしさが漂う。あと数日で植物はしおれて、これも食べられなくなるだろう。
二口ほど飲んで、名那は椀を下ろす。みつめる黒耀の視線を感じながら、名那は口を開いた。
「黒耀さまは覚えている?」
黒耀は首を傾ける。名那は眉を寄せて言った。
「出会った頃のあなたが思い出せないの」
「私はどんなささいなことも覚えているよ。だからお前が覚えている必要はない」
黒耀は立ち上がって名那の横に席を移すと、彼女の隣からいろりの火を見やる。
「お前は何度も赤子からやり直して、何度となく私から離れていった」
うつむいた名那に、黒耀は苦笑する。
「長い時の中で、お前と共有できないことはたくさんあると知った。だがお前と同じでないから、一緒にいられる」
「黒耀さま?」
名那の手から椀を下ろして、黒耀は彼女の手のひらを眺める。
「私はお前にいろいろなものを贈ったな。きらめく宝石も、至福に酔う氷菓子も。……けれど今世だからこそ、お前に贈ることができるものがある」
黒耀はうなずいて、名那の手を自らの手で包んだ。
「綺麗なだけの箱庭の世界。中身のない、空っぽの底の国」
黒耀は身を屈めて名那に口づけた。
名那を胸に収めて、黒耀は背をさする。
「ここはどこにも逃れられない地獄で、何に怯えることもない楽園なんだよ。……もう少しだけ、ここで私と共に過ごそう」
黒耀が口づけたとき、名那の体は奥底がうずいた。
少しずつ変わりながら時を重ねて、今この時に至っている。
暗い歓喜のような矛盾した感情の間で、名那は黒耀の体に身をすり寄せる。
……結局、結ばれたのはいつで、眠りに落ちたのもいつだったか。
名那は邪神の彼と、今も箱のような世界で共に過ごしている。