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「はぁ、はぁ……」
だんだん息遣いが荒くなっていく。爽太は足を止めずに走り続けていた。緑が生い茂っていて歩きにくい。
葉っぱをなんとか掻き分けて前へ進むとようやく開けた場地に着く。『丘』にたどり着いた。
そこに紗弥の姿はなく、花火が夜空に儚く散っているのがただただ綺麗に見えた。それを見ると爽太は何故だか心の中のごちゃごちゃした感情がすっかり落ち着く。
「紗弥」
爽太は夜空を見上げたまま呟く。
「俺、お前に言いたいことがあるんだ。ずっと前……紗弥がいなくなったあの日からずっと」
爽太の声はだんだんと小さくなる。けれど爽太は声を振り絞ってできるだけ大きな声を出す。
「好きなんだお前がっ……俺の側に、いてくれよ」
「声が大きいなぁ、爽ちゃんは」
爽太は肩で息をしながら声をした方へ振り返る。爽太は安心と嬉しさで涙が溢れそうだった。
「紗弥っ……」
「うん、私だよ。爽ちゃん」
そこにはセーラー服を着て長い髪を下ろしたいつも通りの紗弥がいた。爽太は急いで紗弥に駆け寄り力いっぱい抱き寄せる。頼りなくはあったが、しっかり紗弥はそこにいた。
「くすぐったいよ、爽ちゃん」
「もうどこにも行くな……行かないでくれ」
紗弥を強く抱きしめながら頼りない様子で言葉を発する。紗弥は苦笑した後優しく爽太の頭を撫でる。
「まさか思い出しちゃうなんてね、私が一年前の今日死んだこと」
その言葉を聞くと頭をかち割られたような衝撃を受ける。聞きたくなかった。それでも、事実は変わらない。頭では分かっている。
爽太は縋り付くように紗弥を抱きしめ続ける。
あぁ、全て思い出した。一年前の今日も同じように花火大会の約束をしたんだ。だけど、俺が行った時にはもう紗弥は----
「あの日はね、爽ちゃんに浴衣姿見せたくてちょっと早く家を出たの。まだ爽ちゃん来てなくて、私、爽ちゃんの家まで行こうとしたんだよね。そしたら……」
そこまで言って紗弥は目を伏せる。呟くような小さな声で続ける。
「そしたら、信号無視の車が突っ込んできて……」
「紗弥っ!!」
抱きしめていた手を緩め紗弥の肩に置く。自然と力が強くなる。それ以上は声が出なかった。爽太は唇を噛み締めて俯いてしまう。
紗弥はそんな様子を見つめた後ゆっくり上を向く。
「ねぇ、爽ちゃん。花火が……綺麗だよ」
その声に反応するように爽太もゆっくりと顔を上げる。紗弥の瞳には花火が映っていた。
紗弥は花火をしばらく眺めた後いつも以上に優しい笑顔で爽太のことを見る。自分の肩に置いてある爽太の手に優しく触れる。
「私ね、死ぬ時……爽ちゃんのことが頭に浮かんだの。私が死んだら爽ちゃん、悲しむかな、寂しいかな、って。……花火大会、行きたかったなって」
「っ……」
紗弥の絞り出すような声を聞いて堪えられなくなる。それでも紗弥は続ける。
「ずっとずっと未練だったんだと思う。爽ちゃんと最後の花火大会が行けなかったこと。だからどこかの優しい神様が私にチャンスをくれたんだよ。この日をやり直すチャンスを。」
「紗弥っ……」
紗弥は爽太の言葉を待たなかった。花火で照らされた顔には涙が滲んでいた。
「私、幸せだよ」
耐え切れなくなった爽太は紗弥の手を強引に掴み、紗弥の唇に自分の唇を重ねる。

「勝手に一人で納得すんなよ」
紗弥は唇を手で触りながら耳まで真っ赤にして驚いていた。爽太は気にせず続ける。
「俺が好きって言ったこと忘れてんじゃねぇよ、このまま消えるのは許さないからな。紗弥の気持ちを聞くまでは行かせない」
爽太の勢いが予想外だったようで紗弥は目を丸くしていた。けれどすぐに紗弥の瞳から大粒の涙が溢れる。
「私っ、私だって好き……爽ちゃんの彼女になりたい」
「おう」
爽太は満足したように大きな手を紗弥の頭に乗せ、優しく撫でる。
「ねぇ、爽ちゃん。私の最後のわがまま、聞いてくれる?」
「ん」
紗弥は長い髪を風に揺らして笑顔を向ける。
「私の分まで長生きするんだよ」
そんな紗弥が愛おしくて虚しくて。爽太は涙をグッと堪えて笑顔を向ける。
「じゃあね、爽ちゃん。大好きだよ」
「ああ、俺もだ。愛してる」
静かに二人で唇を重ねる。その時今日一番の花火があがる。
唇を離すとそこにもう紗弥の姿はなく。花火も再び上がることはなかった。