***

「そろそろ花火、始まっちゃうね」
神社と丘の間にある小さな公園まで行くと紗弥が足を止めて夜空を眺める。繋いだ手をゆっくりと離す。
爽太もそれに合わせて足を止め紗弥の隣に立つ。スマホを取り出して電源をつけると『7:54』と表示された。
「もうちょっとで七時五十五分になるな。人が多くてここまで来るのに大分時間かかったな。……花火まで後五分ぐらいか……どうする?急げば丘まで行けると思うけど」
爽太はスマホをしまいながら紗弥に尋ねる。紗弥は爽太の顔を見てから夜空に視線を合わせ、ゆっくり首を横に振る。
「……ううん、やっぱりここでいいかな」
紗弥は答えを言い終わらないうちに近くあったベンチに駆け寄る。
「ここからでもよく見えそうだよ。爽ちゃん」
紗弥は先にベンチに座る。爽太もそれにならって紗弥の隣に腰を下ろす。
二人して黙っていると腹に響く低い音が鳴る。夜空を見上げると色とりどりな花が光り輝やいていた。それは見惚れるほどに美しかった。

「ねぇ、爽ちゃん」
花火の音が消え、紗弥の声だけが爽太の耳に入ってくる。夜空では花火が光り続けていた。
爽太はゆっくりと紗弥に向ける。紗弥はずっと夜空を見上げていた。紗弥の横顔は照らされ、ガラスのような瞳には色とりどりな花火が映っている。
しばらく爽太は紗弥の横顔を眺めていた。すると紗弥はゆっくりと爽太の方に振り返る。

「……ねぇ、爽ちゃん……私のこと、好き?」

紗弥の透き通る声が辺りに響く。そのほかの音はまるで聞こえない。夜空に光る花火が二人を照らし続けていた。
「えっ……」
言葉に詰まって紗弥を眺めるだけしかできなかった。
理解はしていた。言わなくてはならない。でも言ってしまったら----。
紗弥は爽太を見つめていた。けれど次第に悲しそうに微笑みまた夜空を見上げる。
「ごめんね、変なこと聞いちゃった」
その時の紗弥の表情はよく見えなかった。ただ花火に照らされてとても綺麗だった。

「紗っ……」
「……爽太?」
爽太の声を遮るように後ろから声が聞こえた。爽太はゆっくり振り返る。
「隼人……なんでここに」
そこにいたのは爽太の中学からの友達である山田隼人だった。爽太と目が合うと「よっ」と片手をあげる。
「隼人、お前一人か?」
「んなわけないだろ、サッカー部の奴らと来てんの。……そういう爽太こそ一人か?」
「何言ってんだよ、紗弥と来てんだっ……」
一瞬思考が止まる。横を見るとさっきまでいた紗弥の姿がどこにもなかった。すぐに立ち上がって周囲を探す。
「は?……どこだよ紗弥」
妙に胸がざわついた。変な冷や汗が出る。
「確かにさっきまでここに……紗弥が」
「……紗弥、ちゃん……?」
ドクンと心臓の音が大きくなっていた。爽太は紗弥の姿を探し続ける。隼人はそんな爽太から目を逸らして静かに口を開く。
「爽太」
「隼人、紗弥を見なかったか……さっきまで俺と一緒にいたんだよ」
爽太は隼人の顔も見ずに探し続ける。隼人が名前を呼んでも聞こうともしなかった。痺れを切らした隼人が爽太のところまで駆け寄り腕を掴む。強く掴まれ、爽太は足を止める。
「爽太、もうやめろ。……紗弥ちゃんはもう----」
「やめろッ!!」
爽太の叫びはほとんど悲鳴に近かった。隼人はそこまで言って口を紡ぐ。
聞きたくなかった。これ以上聞いたら認めなくてはならなくなる。----いや、元々分かっていたのかもしれない。
爽太はどうすることも出来ずただ拳を硬く握っていた。

『爽ちゃん』

辺りの音が消え、一滴の雫が落ちたような声が聞こえた。間違いなく紗弥の声だった。
爽太は顔をあげる。そこに紗弥の姿はなかった。けれど爽太の目には『あの丘』が映る。
(あそこに行けば紗弥に会える)
根拠などない。だけど確かに爽太にはそう思えた。
隼人の手を振り払い丘に向かって走り出す。その時も夜空で光る花火が爽太の足元を照らしていた。