* * *
「すっごい人だな」
花火大会が行われるこの神社にはすでにたくさんの人で賑わっていた。神社の入口にある鳥居をくぐると一本の大きな道を挟むように色んな種類の屋台が並べている。
「来る途中も人多かったし、大分時間かかっちゃったんじゃない?今、何時ぐらい?」
爽太の隣から紗弥の声が聞こえる。周りに人が多く聞き取りづらいと思ったのか紗弥の声はいつもより大きかった。
爽太は紗弥の質問に答えるため鞄からスマホを取り出す。人混みの邪魔にならないよう紗弥を連れて道から抜ける。スマホの電源を入れると画面が光り『7:35』と表示された。
「今、三十五分。花火上がるの八時だから、後ニ十分ぐらい時間あるけど……屋台でも回るか?」
道から外れた人の少ないところに来たおかげで大分声が通りやすくなる。爽太は特に声を張る必要もなくなり穏やかな口調でそう問いかける。すると紗弥は少し考えゆっくりと首を横に振る。
「え、屋台以外なんかあるか?どっか行きたいとこでもあんの?」
「……丘に」
紗弥は俯いたまま小さく呟く。その声はなかなか聞き取ることができなかった。もう一度聞こうとすると紗弥は顔をあげる。
「あの丘に行きたい」
今度はよく聞こえる声だった。爽太は聞いたことを頭でリピートする。
(あぁ、あそこか)
そこでやっと言葉と想像が一致する。
紗弥の言う丘とは、神社の少し先にある小さな丘のことで、あそこからは花火がよく見える。にも関わらずあそこの存在を知っているのは爽太と紗弥ぐらい。要するに穴場だった。
あそこの存在に気づいたのは確か小学生の頃。紗弥と二人で遅くまで遊んでいた時に見つけたのだ。あそこから眺める夜空がとても綺麗だったのをよく覚えている。あそこにいると不思議と不安や悩みが消えてゆく。そんな二人にとってとても大事な場所だった。
「また二人で……あそこから花火が見たいな」
「ああ」
そう答えると紗弥は嬉しそうに頬を緩めませた。けれどすぐに、紗弥の瞳は寂しそうに夜空を見上げる。
その顔を見たくなくて、一度離してしまった手を繋ぎ直して爽太は歩きだす。紗弥は少し驚いたようだったがクスクスと笑う。
「なんだよ……」
「ううん、今日は一段と積極的だなと思っただけ」
その言葉を聞いて顔が熱くなる。爽太は振り向くことができなかった。
爽太が黙ってしまうと二人の間に沈黙が訪れる。二人の足音が暗闇に響く。