* * *

爽太は家を出て少し歩く。そして、紗弥の家の前まで来ると足を止める。スマホを見ると六時五十分を過ぎていた。
待ち合わせは七時ちょうどに紗弥の家の前。爽太と紗弥の待ち合わせはいつも紗弥の家の前だった。
(ちょうどいいぐらいだな)
紗弥から連絡が来ていないことを確認して、スマホを鞄にしまう。

(……にしても暑いな)
紗弥の家の壁に寄りかかって、汗を拭う。
夕方になり、昼間のような暑さはないものの、まだまだ七月。じめじめとした暑さが残っている。
そんなことを考えていると、後ろから足音が聞こえる。
「あれ、爽ちゃん。今日は早いんだね」
後ろを振り向くと、浴衣を着た紗弥の姿があった。いつも下ろしている長い髪は低い位置でまとめられている。
「なぁに、じっと見ちゃって」
紗弥を見たままずっと固まっている爽太を見て紗弥は可笑しそうに笑う。
「……別に」
そっけない返事をして爽太は紗弥から目を逸らす。そんな爽太の照れ隠しを見て紗弥は驚いたように大きな瞳をさらに大きく開く。
「……なんだよ」
爽太はほんのり赤い耳を髪で隠しながら紗弥をじと目で睨む。けれど紗弥にはそんな爽太の様子は目に入っていないかのようだった。
紗弥は髪飾りを揺らして嬉しそうにピンク色の頬を緩める。
「良かったと思ってね、浴衣着てきて。爽ちゃん私のこと、かわいいと思ってくれてそうだし」
そう言って紗弥はふふっと幸せそうに笑う。
その時ふと爽太の頭の中の紗弥の姿と重なる。爽太はずっと前からこの光景を何故だか無性に求めていた気がした。

「爽ちゃん?」
紗弥の少し高めの心地よい声が響く。その声を聞いてふと我に帰る。目の前を見ると大きくてまん丸な瞳が心配そうに爽太を見つめていた。
「いや、何でもないよ」
「そう?ならいいんだけど。最近爽ちゃん、ボーッとしてること多いから……」
そこまで言って心配そうに紗弥の瞳が揺らぐ。その紗弥の瞳には爽太が映っていなかった。
その事実が爽太には無性に怖く感じて、咄嗟に紗弥の手を掴む。その手は驚く程に冷たかった。
「爽ちゃん、どうしたの?」
そこまでしてようやく紗弥の綺麗な瞳に爽太の姿が映った。その様子を見て爽太は落ち着きを取り戻し乱暴に掴んだ紗弥の手を離す。
「……悪い、紗弥」
「ううん、大丈夫。ちょっと驚いただけだから」
そう口にする紗弥は柔らかい笑顔を浮かべていた。そんな紗弥を見て爽太は肩の力が抜ける。

「……花火大会、行かなきゃダメか?」
「え?」
一瞬、自分でも何を言ったかわからなかった。ただただ無意識のうちにそう口に出していた。
「爽ちゃん……」
紗弥の消え入りそうな声が聞こえてハッとする。顔をあげると悲しそうな顔をした紗弥の姿が目に入った。
爽太は慌てて口を開く。
「悪い、何言ってんだ俺」
爽太は紗弥から目を逸らしてヘタクソな笑顔を作る。爽太の言葉に対して紗弥からの返事はない。紗弥の顔を見なくとも紗弥がどんな顔をしているのか大体の予想がついた。爽太はそれを振り払うように紗弥の手をとり歩き出す。
「もう行くぞ、人も多くなってくるだろうし……」
紗弥に背を向けて歩く。後ろから何も言わずに着いてくる紗弥の視線が背中に刺さる。
離すタイミングを逃した手は繋がれたままだった。