セミの鳴く声が遠くから聞こえる。鷹野爽太は一人屋上にいた。
今日は夏休みだと言うのに、夏期講習とやらで学校に呼び出されている。本当は学校を休むつもりだったのだが、親がいたためそういうわけにもいかなかった。

(そろそろ休み時間、終わる頃かな……)
スマホを見ると二限目が始まる時間だった。するとすぐに、チャイムが校舎内で響く。
(……このままサボるか)
サボることを決め、フェンスに寄り掛かり風にあたる。少しだけ吹く風が爽太の短い髪をさらさらと揺らす。

この頃、授業をサボることが増えていた。そのせいもあってサボることには慣れていた。集中ができないからなのもそうだが、なにより、教室にいたくないのだ。
(前まではサボりなんか考えたことなかったのにな)
自分で言うのもなんだが、そこそこ優秀な成績をとっていて、授業も真面目に出席していた。
けれど、丁度一年前ぐらい前だったか。いや、丁度一年前。あの出来事があってから、爽太は授業をサボりがちなっていた。
そう、一年前のあの------
(あれ……)
そこまで思い出して、爽太の思考は止まる。
(何があったんだっけ……)
今の今まで覚えていたであろう、自分の中でとても大きな出来事。だと言うのに頭に靄がかかったように、何も思い出すことができない。思い出そうとすればするほど、頭に靄がかかっていく。

(もうなんでもいい)
しばらく考えた後、爽太は考えるのをやめる。暑さのせいもあって爽太は苛立っていた。汗でくっついた制服がとても気持ち悪い。
(なんで俺、こんなにイラついてんだろ)
自分でも分かるほど今日は落ち着きがなかった。心を落ち着かせるために、フェンスに寄りかかったまま目を閉じる。
(静かだ)
爽太はよく、落ち着きたい時に目を瞑っていた。これがとてもいいらしく、毎回こうして心を落ち着かせている。
しばらく経って、大分気持ちが楽になった頃、近くで足音が聞こえた。


「爽ちゃん」
静かだった屋上に一人の声が響く。その声に反応するように目を開ける。
「授業、サボっちゃダメじゃない」
目の前にいたのは幼馴染の紗弥だった。腰まである髪を風になびかせながらゆっくりと近づいてくる。
「紗弥……なんでここにいんだよ」
「爽ちゃんがいなかったから、来ちゃった」
そう言って楽しそうに笑う。そんな様子を見て、爽太もつられて笑う。

「てか、紗弥お前、授業は?」
何気なくそう口にすると、紗弥は少し黙ってしまう。その時も紗弥は笑っていた。それでも爽太にはとても悲しそうに見えた。
「紗弥?」
「サボっちゃった、私も」
そう答える紗弥の顔はいつもどおりの優しい笑顔だった。その顔を見ても、爽太はしっくり来ない気がした。
(なんだよ、この違和感は……)

「爽ちゃん?大丈夫?」
考え込んでいる爽太に心配そうな瞳を向ける紗弥。そんな紗弥をみて心底安心しているのが分かる。
「……あぁ、大丈夫」
「ホントに?」
「あぁ、本当」
違和感の正体は全く分からなかった。けれど、紗弥を見ていると、何故だか無性にどうでもいい気がした。

「にしても、暑いな」
汗でくっついている制服をパタパタと動かし、風をつくる。そうしていると紗弥は爽太の隣まで歩いてきて、フェンスに寄りかかり、フェンスから顔を出す。
爽太は隣の紗弥を横目でみる。屋上から見える景色を紗弥は優しい顔で見ていた。
見続けていると、紗弥がこっちを向く。目が合った。
「ねぇ、爽ちゃん」
「……ん」
紗弥が話しかけてきたのと同時に紗弥から目を逸らす。
そっけない返事になってしまう。それでも紗弥は気にしないで続ける。
「今日、何日か知ってる?」
「ん……三十一だけど?」
「何月?」
「……七月」
そこまで問いかけて「気づけ、バカ」と何故か怒って、そっぽを向く。
(七月三十一日……)
何かあったか、頭をひねって考えてみる。
「毎年行ってるのに……」
紗弥がボソッと呟くのが、聞こえる。「毎年」そこまで聞いてハッと思い出す。
「今日、花火大会か」
そう声に出すと、紗弥がパッと効果音がつきそうな笑顔を向けてくる。
「今年も行くか」
「うん、行こうね、絶対」
「そんなに行きたかったのか?」
紗弥の表情がコロコロ変わるのが面白くて、笑いながらそう尋ねる。
「うん、とっても」
とびきりの笑顔でそう答えると前に向き直り、寂しそうな声で言う。
「今度は必ず来てね」
「え……?」
爽太の方を見ないまま悲しそうに微笑む紗弥。
「ううん、なんでもない!」
そう言って、爽太の方に向いた時はいつもの紗弥だった。