俺が購入したのは、アレルドゥリア山脈という山岳地帯の端の方にある、小さめの山だ。
ちなみに一応名前はついていたが、忘れてしまった。
もちろん、小さいと言ってもあくまで普通の山と比べてという話であり、人一人が過ごすには十分すぎるほどに土地は広い。
俺がこの場所を選んだ理由は、大きく分けて二つある。
まず一つ目が、この山がめちゃくちゃ僻地にあるということ。
俺が所属しているアレクサンドリア王国で南部に位置している、エンポルド子爵領。その中でも最南端に位置しているため、とにかく人がいないのだ。
というか、ぶっちゃけ僻地過ぎて住民らしい住民もいない。
まともに開拓もなされておらず、そのためここら一体の山岳地帯には結構な量の魔物が棲み着いてしまっている。
辺境伯もここの開拓や魔物の駆除に関しては完全に匙を投げているため、ほとんど人が手つかずの土地と言っていい。
ちなみに更に南部に行くとエルフやドワーフ達の暮らす領域へと出ると言われているが……まぁそれは今はいいだろう。
そして二つ目の理由は、実はかつてその山にはとある偏屈な鍛冶師が住んでいたかららしいということ。
どうやらなんらかのエンチャントがしてあるらしく、小屋自体は今も存在しているらしく、山を買うと当然その小屋の所有権もついてくる。
一応山の中にある小屋には、鍛冶に使える一通りの設備も揃っているということだった。
そんな小屋つきの山だというのに、値段はめちゃくちゃ安かった。
もっともそんなところに家がぽつんとあっても誰も買う人間もいないから、当然のことではあるんだが。
長いこと不良在庫として抱えていた不動産屋も二束三文だったが買い取ってもらえて喜んでいたくらいだからな。
しっかし……あの盗賊退治の一件以後も、思っていたよりもハプニング続きだった。
ジルを捕獲しようとするハンター達を返り討ちにしてやったり、つい手慰みで剣を直してしまったせいで正体に気付かれかけたり……我ながら波瀾万丈だった。
色々と寄り道をしたせいで、思っていたよりずいぶんと時間がかかってしまった。
既にリアム達と送別会をしてから、一月半ほどが経っている。
けどこの間の旅路というのは、案外悪いものではなかった。
店に詰めている時と比べると鍛冶をしている時間はずいぶんと減ったが、不思議なものだ。 今までほとんど休みなんて取ってこなかったから、色々なハプニングが図らずも良いリフレッシュになってくれたのかもしれない。
「おっ、あれじゃないか?」
「わふっ!」
しばらく進んでいるうちに、ようやくアレルドゥリア山脈らしきそびえ立つ山々が見えてきた。
ちなみに今の俺はジルにまたがっている。
馬車を使おうとすると馬がジルに怯えて動かなくなってしまうため、ここ最近はもっぱらジルに搭乗しながら移動するようにしているのだ。
「よし、ちょっとペース上げられるか?」
「きゃんっ!」
ただでさえ速かったジルの速度が更に上がる。
休息にかかるGに、思わず鞍を掴む手に力がこもった。
何もない状態では流石に安定しないため、乗れるよう持ち手のついた特製の鞍をつけている。
狼は騎乗に向いていないらしく激しく上下に揺られるが、事前に作っていた酔い止めを飲んでいるおかげで昼飯を戻すようなこともない。
ジルはなかなかの健脚で、必死にしがみついているとあっという間に視界が切り替わっていく。
そこから更に進んでいくと、日が沈む前にようやく俺が購入した山らしき場所にたどり着くことができた。
山が多すぎるせいでどれが俺が買ったものなのかわかりづらく少々不安だったが……。
「お、あった。あれだな」
目印として事前に教えられていた、赤の旗が見えてきたのでその不安も解消される。
ジルから降りてぐぐっと背筋を伸ばす。
「王都を出てから結構時間がかかったからか……なんか感慨深いな」
目的の山にようやく到着できたことに、ホッと胸をなで下ろす。
俺が購入した山には一応、最果ての鍛冶山という名前がついている。
ただ自分が住む場所をわざわざ最果てという名前もないだろうから、これは改名するつもりだ。そうだな……とりあえずしばらくの間は、ベルト山とでも呼ぶことにしよう。
ちなみにベルトというのは、王国で端っこという意味だ。隅にあるちっちゃい山だし、なかなかいい名前だと自画自賛しておこうかな。
ベルト山へやってきてから、説明にあった鍛冶師の小屋を探すことにする。
歩いていくことしばし、麓からさほど距離のないところにぽつねんと立つ小屋があった。
もう長いこと人は住んでいないらしいが、ほとんど痛んでいる様子はない。
魔物に荒らされた様子もないのは、恐らくなんらかのエンチャントが施されているからだろう。つまりこの家自体が、一種の魔道具になっているということだ。
俺はそっと家に触れ、魔法を発動させる。
「構造解析(アナライズ)」
構造解析を使い、家の構造とそこに使われている魔力文字を解析していく
「ほう……『浄化』・『魔物避け』・『頑健』に『軽量化』……ずいぶんと腕のいい鍛冶師だったみたいだな」
どうやらこの家には四つもの魔法効果がかけられているらしい。
使われている材質が上質なトレント材とはいえ、一つの魔道具に対し四つの効果をつけるのはなかなかできることではない。
「それなら次は情報展開(インフォーム)っと……どうやらここの主は、かなり堅物な人だったみたいだ」
エンチャントを成り立たせている魔力文字は古めかしく、そしてかなり堅苦しかった。
ただあくまで現代の魔力文字が使われているから、建てられてから何百年と建っているようなものではないだろう。
恐らく職人気質な世捨て人が作った家なんだろう。
罠の類いがないことを確認してから、中へ入る。
するとそこにはまるで毎日掃除をされているかのように手入れの行き届いたリビングが広がっていた。
『浄化』の効果がかかっていることで、埃をはじめとしたゴミが綺麗にされているのだろう。
間取りを確認するため探索してみると、リビングの隣には小規模ながらもたしかに炉があった。
俺が以前使っていたものと比べるといくらか劣るが、エンチャントを使って弄ればなんとかなる範囲だ。
『浄化』の機能が付いたトイレもあり、薪もかなりの量が残っている。
それに一人で入るには十分な大きさの風呂までついている。
ただ一つ一つが一人暮らしに適したサイズのため、家は広すぎるというわけではない。
「いい家だな……」
ぐるりと軽く回ってみただけだが、俺はこの家をかなり気に入っていた。
二束三文でたたき売りされていたのが信じられないような機能的な家だ。
ここが魔物の出る最果てではなく王都の一等地だったのなら、恐らく金貨何百枚もするようなとてつもない値段になっていたに違いない。
外を見れば既に日が落ちようとしている。
「眠くなってきたな……」
夕飯を済ませると、一月近い旅疲れのせいか、驚くほどまぶたが重かった。
俺はぐっすりと眠ることにした……。
次の日。
とりあえず俺は清掃を始めることにした。
もちろん『浄化』の効果があるので大部分のところは綺麗になっているが、隅の方までまったく埃が落ちていないというわけではない。
また、まだここに住んでいた鍛冶師が使っていた頃の生活用品なんかも残っている。
流石に歯ブラシや靴なんかは使わないので、どんどんとしまっていくことにした。
「しっかしこいつがあると、片付けが捗るな……」
俺は右の脇に抱えている背嚢に、どんどんと先住者の物品を入れていく。
このバッグは、旅の道中暇だったので作った魔道具だ。
『独虎』を弄った時の感覚を忘れないよう、神聖文字・古代魔族文字と一緒に中期文明の魔力文字も使って作り出したこのバッグは『空間拡張』の効果を持っている。ちなみに名前はそのままマジックバッグ。きちんと製作したら、もうちょっと良い名前をつけようと思っている。
簡単に言うとこのバッグには、見た目以上に大量のものが入るようになっている。
実は原案自体は前からあったんだが、今までは魔道具の素材と触媒の魔力容量的になかなか作ることができなかったからな。
これもまた、俺がいくつかの魔力文字を使えるようになったから生み出すことができる物品というわけだ。
手に抱えることのできるリュックの中には、おおよそこの小屋がまるっと入るくらいのものが入る。
ただまだ作品として練る前の試作品なので、色々と荒削りな部分も多い。
きちんと中身をソートしたいし、少なくとも手を中に突っ込んだら望んだものを取り出せるくらいにはしておきたいところだ。
あ、あと今は中に魔道具が入らないようになっているから、いずれはそこらへんの問題も解決してマジックバッグの中にマジックバッグを入れてその中に更に……という感じで無限マジックバッグとかもしてみたい。
「ふぅ……片付け終わりっと」
昼になる前におおよそ先住者の者は片付け終え、次に生活必需品を取り出していく。
といっても持ってきているのは最低限のものだ。
ここから人里まではかなり距離があるため、基本的になんでも自給自足をしながら作っていくつもりだ。
一通りの準備が終わると、時刻は既に午後二時になっていた。
手を当ててみると、待ってましたと言わんばかりに腹がぐぅ~と鳴る。
集中していたので気付かなかったが、かなりの空腹のようだ。
もちろん食料もある程度用意はしてきているが、恐らく使う必要はないだろう。
ドアを開き小屋の外へ出てみると、一気に血なまぐさい匂いが漂ってきた。
見ればそこには、ジルが倒してきたのだろう魔物達がずらりと並んでいる。
中には既にジルが食べてしまい、革や角だけ残っているものもある。
「ユニコーンの角にデビルオーガの革、それにこれは……ミノタウロスの肉か? 内臓だけ綺麗に食べられてるな……」
実はジルは、盗賊団に捕らえられていたとは思えないほどに強い魔物だった。
Cランクのミノタウロスをこんな風に軽々と倒せているのだから、恐らくBランク程度の実力はあるだろう。
どうやら足を怪我したのをかばいながら動き、疲れて眠っていたところを捕らえられてしまったらしい。
ただ俊敏なだけではなく風の魔法も使えるので、本気を出すと目で追えないぐらいものすごい速度を出せる。
ちなみに本気で走られると俺は漏れなく戻してしまうため、乗る時はかなり手加減してもらっている。
検分した素材達を先ほどのものとは別のマジックバックに入れていると、背中にイノシシを乗せているジルが帰ってきた。
「わふっ!」
『見て見て!』とばかりに尻尾を振りながら駆け寄ってくる。
上手いこと乗せていたイノシシを落とすと、ドスンと大きな音が鳴った。
「これは……ファイアボアーか」
ファイアボアーは炎を吐き出す魔物で、強さはCランクだったはずだ。
ただこんなにゴロゴロと強い魔物が出てくるとなると……かなり危険度も高いみたいだ。
「よくやってくれたな」
頭を撫でてやると、ジルが犬歯をむき出しにして笑う。
食べ散らかした肉がこびりついていてちょっとホラーだったので、布を作って綺麗に拭ってやることにした。
「とりえあず、遅めの昼にするか」
これだけ大量の魔物の死体があっても魔物が来ていないのには当然訳がある。
――確実に必要になるだろうと思いあらかじめ作っておいた『魔物避け』の魔道具を使っているのだ。
道中でジルが倒してくれたワイバーンの心筋を惜しみなく使って作ったこいつがあれば、かなり広範囲に渡って強力な効果を発揮することができる。
ただ思っていたより魔物が多そうだから、念のために家の『魔物避け』の方も少し弄っておいた方がいいかもしれない
俺は食事のために火を焚きながら、まず何から手をつけるべきかと頭を悩ませるのだった……。