それは一陣の風――いや、荒れ狂う一筋の雷風だった。
「ぐおっ!?」
「なんだ、この化け物はっ!?」
「畜生、こんなんがいるなんて聞いてねぇぞ!」
現在俺はジュリアさんと一緒に、盗賊のアジトまでやってきている。
彼女が高速で移動すれば、アジトを見つけるのは実に簡単なことだった。
(しっかし……すごいな……流石はAランク冒険者だ)
以前は使用感がわかるよう前線に出て武器を観察することもあったが、リアム達が戦う敵が強くなりすぎてからは、こうして最前線で自分の武器が使われている様子を見る機会はとんとなくなった。
なのでとても新鮮で、そしてためになる。
「「「ぐああああああっっ!!」」」
俺の目の前で、大量の盗賊達が目にもつかないほどの速度で倒されていく。
しかもきちんと手加減もしており、誰一人として殺してはいない。
ジュリアさんは雷をしっかりと使いこなしており、盗賊達は皆感電しながら気絶している。「すごい……すごいぞラック殿! 正直、以前とは比べるのもおこがましいくらいだ」
「ありがとうございます」
古代魔族文字を使ったので少々出力は上がっただろうが、それほどの違いはないはずだ。
大げさだなぁと思いながらも、しっかりとお礼を受けておく。
長いこと使えていなかった魔剣が使えるようになったんだから、テンションが高くなるのもしょうがないだろうしね。
盗賊を蹴散らしながら奥へと進んでいく。
一番奥までたどりつくと、そこには簡素ながらも扉がついていた。
恐らくは頭が住んでいる場所なのだろう。
ギィ……と軋みながらドアが開くと、中から一人の男が現れる。
「てめぇ……よくもやってくれやがったなぁ」
筋骨隆々の男は、たしかに騎士を蹴散らしたと言われても頷けるほどの迫力があった。
けれどそんな男の前でも、ジュリアさんの様子は何一つ変わらない。
彼女は至って自然体な様子で、
「お前が『首狩り』ザルーグだな。捕縛して、連れて行かせてもらうぞ」
「へっ、ぬかせ! 俺は同じことを言うやつを、既に十人以上殺してるっつうの!」
瞬間、二人の姿が消える。
そして遅れて聞こえてくる剣戟の音。
見れば二人は超高速で移動しながら、互いに攻撃と防御を繰り返していた。
ただどちらが優勢なのかは、戦いの専門家でない俺にも、見て明らかだった。
「ぐうぅっ……なんで、なんで俺の攻撃が通らねぇっ!」
「……なんだ、この程度か」
実力者であるはずのザルーグが完全に防戦一方になっている。
このままでは勝てないと判断したのだろう、彼は戦いを観察している俺を見ると一目散にこちらに近付いてきた。
恐らくは人質に取るつもりなのだろう。
その様子を見とがめたジュリアさんが、腰を下げ前傾姿勢になる。
そして彼女は次の瞬間――大気を裂く、雷そのものになった。
「――『雷化』!」
「ぐああああああっっ!!」
追いつけないと思い無防備に背中を晒していたザルーグが、モロに一撃を食らう。
「ちくしょう、一生、遊んで暮らすはずだったってのに……」
ブツブツと言いながら気絶した彼を、ロープでグルグルにして捕縛する。
同じく盗賊達も全員後ろ手に縛ると、ジュリアさんはこちらを見て笑った。
「やっぱりすごいな、この『雷化』の力は! ラック殿のおかげで、私はまた一歩強くなることができたぞ!」
俺が直すまでの雷の魔剣には、組み込まれているが使用ができていない機能が一つだけあった。
それが『雷化』――使用者そのものを雷へと変じさせる力だ。
恐らくリソースの都合上使えなかったであろうその能力を、俺は古代魔族文字を使って情報圧縮をすることで問題なく使用できるようにしてみせた。
この力を使ったジュリアさんは正しく敵なしだ。
恐らく今後、彼女の名は更に有名になっていくに違いない。
なんにせよ、これで盗賊退治は終わった。
これで心置きなく山に……。
「……っ……っ」
何か、音が聞こえてくる気がした。
ジュリアさんと顔を合わせる。二人でそっと部屋の中へ入るとそこには……。
「くぅん……」
檻の中に囚われている、一匹の狼の姿がいた。
体色は光沢のある銀色。全身が銀や鉄でできているんじゃないかと思ってしまうほどにぬるりと輝いている。
牙は人間を噛み砕けるくらいに長いが、こちらを見つめる視線に剣呑さはなかった。
それどころか、その深緑の瞳には知性の色を感じる。
全てを見透かすかのように、その澄んだ瞳でこちらを見つめていた。
「ジュリアさん、多分だけど……こいつ魔物ですよね?」
「ああ、恐らくはそうだろうな。しかし、これほど見事な狼型魔物は、私でも見たことがないな……」
体長は明らかに俺より大きい。
思い切りダイブしても受け止めてくれそうなでかもふだ。
「お前……怪我してるのか?」
怪我しているのか、前足に包帯が巻かれていた。
ただ盗賊達の巻き方が雑だったのか、怪我が外気にさらされるようになっている。
その痛そうな様子を見た俺は、ポーチに入れていたポーションを取り出し患部にかける。
俺が旅の道中暇で作ったポーションは、するとみるみるうちに怪我は小さくなり、数秒もしないうちに消えた。
「嘘だろう、まさかそれは……伝説のエリクサー……?」
「いえいえ、まさか。俺が手慰みに作ったハイポーションです。いやぁ傷が治ってくれて助かりました」
「その回復量がハイポーションなわけがないだろう!? ……はぁ、もう驚くのにも疲れてきたぞ……」
なぜか戦った直後よりぐったりとした様子のジュリアさんは放っておき、次は檻に手をかける。
「後ろに下がっててくれ」
言葉が通じるかと思い一応言ってみると、狼は何も言わず檻の端の方で身をすぼめた。
どうやら人間の言葉が理解できるくらいには高い知性を持っているらしい。
「情報展開、からの……魔力素描」
この世界に存在しているものは、大小の差異こそあれど必ず魔力を持っている。
つまりそれは、全ての物体が魔力情報を持っている。
この檻も魔道具ではないが、そこには魔力文字を書き込む余地がある。
俺はそこに、でたらめな魔力文字を書き込んでいく。
エンチャントは、何もプラスの魔法効果を生み出すだけのものではない。
ぐちゃぐちゃな魔力文字を書き込めば、当然ながらマイナスの効果を発揮する。
そこに出力が高い古代魔族文字を使えば……バギンッ!
魔力文字の負荷に耐えきれず、檻を構成する鉄柱が真ん中のあたりからへし折れる。
「ほら、おいで」
こっちの言葉を理解している狼は、鳴き声を上げることもなくするすると器用に檻から出た。
そして……ぺろっ。
まるで感謝の意を示すかのように、俺の頬をぺろりと舐めた。
狼はそのまま頭をこちらにこすりつけると、体重を預けてくる。
かなりの巨体なので、思いっきり踏ん張らないとすぐにでも倒れてしまいそうだった。
「なんというか……あんまり魔物っぽくないな」
「……ええ、そうですね」
「わふっ!」
頭を撫でてやると、狼は満足そうに目を細める。
もっともっととせがまれたので、そのまま手を下げて綺麗な毛並みを撫でていくことにした。
指先は絡まることもなく、するすると通り抜けていく。
ずっと触っていたくなるような撫で心地だ。
つるつるとしていて、高級なビロードに触れているようだった。
「くぅん……」
気持ちよさそうにしている狼を見ていると、なんだか気が抜けてしまった。
警戒していた自分が馬鹿みたいだ。
ひとしきり撫でて満足させてから、ジュリアさんと一緒にアジトを出る。
数珠つなぎにした盗賊達を引っ張りながら街へ戻ろうとした時のことだ。
「わふっ!」
さっき別れを告げたはずの狼が、なぜか後ろからついてきた。
「……一緒に来たいのか?」
「きゃんっ!」
ブンブンと尻尾を振っている狼は、明らかについてくる気満々だった。
どうやら怪我を治して檻から出してやったせいで、ずいぶんと懐かれてしまったらしい。
ついてきたいというのなら、別に断る理由もない。
知性も高いだろうから、言うことも聞いてくれるだろうし。
「人を食べちゃダメだからな……こいつら以外」
「ガルルッ!」
狼がその鋭い犬歯を覗かせると、盗賊達がひいっと情けない声をあげる。
こうして俺はなぜか懐かれた狼と一緒に、街へと戻るのだった……。