全てのいざこざをあっという間に解決させて、リアム達はすぐに戻ってきた。
 聖魔剣カオティックレイの使用感を聞かせてもらったところ、まだまだ改善の余地はありそうだった。
 せっかく聖魔剣をいじれるくらいのポテンシャルのある炉を作ったんだ。後でもう少しチューンナップさせてもらおう。いざという時に万全の状態で戦えない剣なんて、なんの意味もないからな。
 ただそれをするのは、明日でいいだろう。
 今日はこれからやらなければならないことがある。
 リアム達が帰ってきてまず最初にすること……そう、祝宴だ。
「それじゃあ再会とドワーフ達の問題解決を祝って……乾杯っ!」
「「「乾杯!」」」
 テーブルを囲む形で円形に並んだ俺達は、ジョッキを打ち合わせてから口に運ぶ。
 ゴッゴッゴッ。喉の奥へエールを流し込んでいく度に喉がすごむような音を鳴らした。
 味を楽しむことを放棄して、エールをのどごしだけで楽しんでいく。
 魔道具を使って冷やしてあるおかげで、するすると恐ろしいほどのペースでエールが減っていく。
 多分……というか間違いなく、今日俺は潰れることになるだろう。
 こいつらの酒を飲むペースは以上なのだ。
 流石元冒険者なだけのことはあり、彼女達に合わせていればあっという間にへべれけになってしまう。
「じゃんじゃん作っているので、遠慮なく食べてくださいね」
「シュリ、ありがとっ!」
 ちなみに酒を飲むより面倒を見る方が好きなシュリは、俺達の酒宴には交じらずにせっせと料理を作ってくれている。
 相変わらず良くできた子だ、俺の面倒を見ているのがもったいないと感じてしまうほどに。 というかいつの間にか仲良くなったんだ、お前達。
 シュリって結構人見知りだったと思うんだが……流石というかなんというか。
「リアムには誰とでも仲良くなれる才能があるからね」
「……思い返してみると俺も、気付いたら友達になってた気がするな」
 テーブルの上に並んでいる料理をつまみながら、会話に花を咲かせる。
 話題に上がるのは、何年も前にやった若き日の過ちばかりだ。
 今にして思うとなんであんな馬鹿なことをしたんだろうとはなはだ疑問なんだが、当時は真剣に考えた末にきちんとやってたんだよな。
 年を取って落ち着いたと考えるか、馬鹿をやらなくなったせいでつまらなくなったと考えるかは人によるだろう。
 ちなみに俺は、前者の方だ。
 年を重ねても人生はつまらなくなんかならない。むしろ厚みが増していって、日々を彩る微細な色調の変化を愛でることができるようになる。
 昔を懐かしみながら酒杯を重ねていく。
 アルコールを取ると、不思議と塩っ辛いものが食べたくなってくる。
 それを見越して濃い味付けで料理を作ってくれているシュリには頭が上がらない。
「いつもありがとうな……シュリ」
「い、いえ……これが私の、仕事ですから……」
 お礼を口にすると、彼女はなぜかぷいっとそっぽを向いてしまった。
 よく見ると耳が少しだけ赤くなっているような気がする。
 ……もしかしてこの場の酒気にあてられて、酔っ払ってしまったのだろうか?
「わふっ」
「おお、良い飲みっぷりだな! それ、ぐいっと!」
 ちなみに足下にいるジルも、この酒盛りには参加している。
 ぶっちゃけジルは、俺より酒が強い。
 酒の強さだけなら、リアム達に匹敵するだろう。流石守護獣……というか今更だけど、ジルって酒飲んでも平気なんだろうか?
 尻尾を使って器用に杯を傾けているジルに、フェイがなみなみと酒を注いでやる。
 それを挑戦と受け取ったのか、ジルはそれを一息に飲み干してみせた。
 にやりと笑う槍使いと狼。この飲んべえ達の心は今この瞬間、間違いなく通じ合っていた。「そういえば言い忘れてたんですが……これから私達、定期的に遊びに来ることになりましたので?」
「……は? なんで?」
 思わず素直な疑問が口から飛び出してしまった。
 話を聞かせてもらうと、どうやらエルフやドワーフとの間で本格的に交易が始まるらしい。 ちょうど王国と彼らの領域の間のあたりに俺の小屋があるから、逗留したり大事な話し合いをしたりするのに都合がいいんだとか。
 ナージャがエルフの里に長いこと居たり、リアム達本人が来たりしたのには、そういう理由があったのか……ようやく得心がいったよ。
 別にわざわざこの小屋を使わなくとも、アレルドゥリア山脈なんかどこからでも抜けられると思うんだが……口にはしないでおいた。
 それが今後とも俺と交友を持つつもりだという婉曲な表現であることがわかったからだ。 あれ……でも待てよ?
「もしかしてそれだと、エルフやドワーフも来るのか?」
「ええ、ビビさんやアリーシャさんも定期的に来ると思いますよ。特にビビさんは、まだまだ包丁とフライパンの作成が追いついていないようでしたから」
「主婦二刀流、まだ流行ってるのか!?」
「ビビさん曰く、やはりラックさんの包丁とフライパンでないと駄目ということでした」
「そんなことある!?」
「まぁまぁそう言うなって、賑やかなのはいいことじゃんか!」
 そもそもの話、俺は賑やかなのが嫌で山に来たんだがな……。
 でもたしかにフェイの言う通り、賑やかなのはいいことかもしれない。
 都会の喧噪から離れたこの場所は、一人で集中して鍛冶をするのにはもってこいの環境だ。 けれどやっぱり、ずっと一人で居るというのは寂しさも感じてしまう。
 シュリが来て、ビビが来て、ナージャやアリーシャだけでなくリアム達までやって来て……当初想定していたよりはるかに賑やかで忙しくはなってしまったが、不思議と俺の気持ちは店を構えていた頃よりも、ずっと落ち着いている。
 口下手な俺では上手く言葉では表せないが、その……こういうのも、なかなかどうして悪くない。
「これからもよろしくね、ラック!」
「何かあったらすぐに言いなさいよ――絶対に、助けるから」
「水くさいこととかすんなよな!」
「ラックさん、今後ともどうぞごひいきに」
 一度は終わるとも思っていた『仮初めの英雄』達との関係も、なんやかんやで今後も続いていきそうだ。どうやら人の縁というのは、そう簡単に切れるものではないらしい。
 忙しすぎず暇すぎない日々は、きっと今後も続いていくに違いない。
 俺がゆっくりと山で隠居ができるようになるのは、まだまだ先の話のようだ――。