「やぁラック、久しぶり!」
「半年ぶりくらい? なんか前より清潔感が出た気がするわ」
「たしかに、ラックもなんだか若返った気がするな!久しぶりの再会を祝して、今日は宴会だな!」
「久しぶりに賑やかで……なんだか楽しいです」
なんとやってきた人員を引き連れているのが――先日連絡を取ったリアム達だったのだ!
しかもまさかの、『仮初めの英雄』のメンバー勢揃いである。
いや、リアム達の領地って、このエンポルド子爵領に気軽に来れるほど近くはなかったと思うんだが……本当になんでいるんだ?
「わふっ!」
リアム達を見たことがないジルは、なんだか興奮しながらぐるぐるとあたりを走り回っていた。
どうやら獣の嗅覚で、リアム達がただものではないことを感じ取ったらしい。
「この子……守護獣じゃない。しかもなんだか見知らぬ子もいるし……ラックの方も色々あったみたいね」
ミラはそう言うと、俺の後ろからひょこっと顔を出しているシュリの方を見た。
守護獣を知っているのか……『もしかすると俺が知らないだけで有名なのか?』と思いくるりと見渡すと、フェイの方は首を傾げていた。
どうやらミラが格別博識なだけらしい。
「ん……まぁな。そうは言っても上級貴族になったミラ達と比べたら誤差みたいなもんだと思うが……あ、そういえばきちんと敬語とか使った方が良かったりするか?」
「いや、今まで通りで良いぜ! ラックにかしこまられたらこっちが困っちまうしな!」
俺としても敬語で話すのはやりづらいので助かる。
で、どうしてわざわざリアム達がやって来たのかという話になったわけだが……どうやらドワーフ達の食料不足の問題を手ずから解決するから、ということらしい。
たしかに思い返してみれば、リアム達は人を生け贄に求める邪竜が現れればすぐさま討伐に向かったし、何か危険が生じればいの一番に向かうことが多かった。
貴族家の当主としてはあまりよくないのかもしれないが、一人の友人として言わせてもらうと変わっていなくてほっとするというのが本音だ。
「今すぐにでも行った方がいいか? なんなら供応のための準備もするが」
「うーん……?」
リアムが期待するような顔をしながらミラの方を向く。
けれど現実は残酷で、ミラは無情にも首を横に振った。
「祝杯を上げるのは全部が終わってからにしましょ。ほら、行くわよ」
「わわっ、ちょっと待ってってば~!」
ミラ達は馬を休ませている兵士達の方へ向かい、話し合いを始めた。
多分今後のスケジュールについて話をしてるんだろう。
どうやら食糧輸送のために輜重兵を連れて来てくれるらしく、いちいち動作がキビキビとしていた。
あ、そうだ。
食糧輸送と聞いて大量に作っておいた『収納鞄』をお披露目しなくては。
輸送が楽になるように、ある程度高性能なものを用意しておいたんだ。
ブリーフィングを終えて円になって休憩しているリアム達のところへ持っていくことにした。
「あらラック、それは……?」
「ああ、これは『収納鞄』と言ってだな……」
俺の説明を聞いたリアム達が、ぶーっと飲んでいる飲み物を噴き出した。
うおっ、ちょっと俺にかかったんだけど!?
「ラックあんたはもう本当に、次から次へと……っ!」
眉間にしわを寄せながら頭を抱えるミラに、ナージャが回復をかける。
ナージャは事情を知っているはずなんだが、『回復』の金物と同様『収納鞄』のことも伝えていなかったらしい。
「これ、どれくらい入るの?」
「用意したのは最新式の魔鉄製の箱だから……まぁ多分家数件分くらいは入るんじゃないか?」
「家数軒、って……」
「……はぁ、なんだかもういちいち突っ込むのにも疲れてきたぜ……」
「これ、輸送の概念が根本からひっくり返るわよ……」
たしかにこいつがあれば列になるほど大量の馬車が運ぶ分を、六頭立て馬車一つで賄うことができる。
補給団列にも影響があるだろうし、事前に伝えておくべきだったかもしれないな……ついうっかり忘れていた。
「すまないな、事前に伝えておくべきだった」
「大丈夫よ……ラックがそういう人だって、私達はちゃんとわかってるから」
「うん、だからあとは僕達に任せてね!」
「任せてって……ドワーフ達のことだよな?」
「もちろんそれもそうだけど、それ以前に」
「わーっ! ちょっとリアム、それ以上言うんじゃないわよ!」
「むむーっ!!」
ミラに口を塞がれながら、リアムは輜重兵達の方へ引きずられていった。
どうやら『収納鞄』の能力を考慮した上で、改めて食料の運搬方法を調整するらしい。
「ラック、また後で!」
「帰ってきたら打ち上げするからな! 準備しといてくれよ!」
「おう、任せとけ。腕によりをかけて料理を作るよ……シュリがな」
「――って、人任せかよ!?」
話し合いを終えたら、リアム達はさっさとドワーフ達の下へと向かっていった。
彼女達の姿が見えた時点で、俺はドワーフ達への心配をする必要はなくなった。
むしろ心配すべきは、打ち上げに出す料理や酒の内容だろう。
なにせリアム達は――本物の英雄だからな。
結果的にリアム達は、馬車を自分達が使う一台を除いて帰らせることを決める。
そしてそこに現在ラックが所有していた『収納鞄』を全て乗せて、身軽な状態で飛び出したのだ。
輜重の人間や兵士達は当然ながら抗議の声を上げたが、リアム達勇者パーティーが自分達より弱いのなら来る必要がないと言えば、それに反論をするのは不可能であった。
彼らは傍から見るととてつもない速度で、けれど本人達からすれば鼻歌混じりでできるほどほどの気軽な速度で森の中を駆けていった。
「まさか四人だけでまた行動できる日が来るなんてね」
「今後機会は増えることになりますよ、きっと」
「ひっさしぶりの冒険だなぁ、腕が鳴ってきたぜ」
リアム達『仮初めの英雄』は晴れやかな顔をしながら、立ちはだかる魔物達を鎧袖一触に蹴散らしていく。
貴族として爵位をもらってからというもの、実戦を行う機会はグッと減った。
けれど当然ながら鍛錬は欠かしていない。
魔王を討伐した時と遜色のないだけの戦闘能力を保持し続けている。
「うーん、駄目だなぁ。槍を戻すまでの間が0.01秒くらい微妙に遅くなってる気がする」
「私も回復以外の祝祷術の展開速度と効力が微妙に劣化している気がします」
「私も似たようなものね……鈍りたくないものよ、本当に」
ただそれでも本人達からすると納得がいかない様子で、彼女達はやってきた時のビビが苦戦していた森の中の魔物達を、文字通り殲滅する勢いで先へと進んでいく。
一昼夜ほど粘って駆ければ、エルフの里へたどり着いた。
来ることは事前にナージャが伝えていたため、里にも問題なく到着。
そしてそのままエルフ達といくつかの約束事を交わす。
交わすのはあくまでも個人的な友誼で、国としての付き合いはしない。
今後はラックの拠点を通すような形で、リアム達の側からは加工品や魔道具などの文明的な産物を、対価としてエルフ達は培ってきた魔法技術をという形で相互に利のある取引だ。
そしてこの場でも、ラックの名が想像以上の効力を発揮させる。
「ラック殿から話は聞かせてもらっている……彼は我々にとって命の恩人だ。彼のためになら、いくらでも力を貸そう」
エルフの里を救い出したのは、ナージャという人脈を使ったことも含めて、まるごとラックの功績であった。
更に言えばビビにあの包丁とフライパンを与えたのも、現在エルフで大流行している主婦二刀流の武器を揃えているのも彼であり、頑迷で排他的なエルフにしては珍しく、ラックはまるでエルフ達の恩人として讃えられていた。
それを見て悪く思わないのはリアム達の方である。
ラックのことを認めてもらって、嬉しくないはずがなかった。
「僕達はこれからドワーフ達を助ける。なのでこれは提案なんだけど……」
リアムが口にしたのは、今後はこのエルフの里を通じる形でドワーフ達とも連絡を取りたいということだった。
「ドワーフ達との交流か……必要なことなのか?」
「今後のことを考えれば、間違いなく」
リアム達の腹案――それはラックの暮らしているアレルドゥリア山脈を通す形で、エルフとドワーフとの交流を復活させるというものだ。
違う文化圏と優れた技術を持つ彼らとの交流は、リアム達の領地に莫大な利益を与えてくれるだろう宇。
ラックの平穏な生活を守るためには、自分達が国王の言いなりにならぬほどに力を蓄える必要があった。
「うむむ……わかった。アリーシャの里のドワーフ達とは何度か連絡は取っているからな、ドワーフだからといって毛嫌いしているだけではいけない。私達が変わるべきタイミングがあるのだとすれば、それがきっと今なのだろう」
リアム達はドワーフとエルフの間の仲の悪さもありすぐに確約はできないという前置きはあったものの、前向きに検討してもらうことに成功する。
彼女達はその足でドワーフの里へと向かっていく。
畑を襲っている不作の原因は、土地に満ちている瘴気がその原因であった。
瘴気とはこの星そのものが持っている魔力のパスである地脈の流れが狂うことによって生じる悪しき魔力だ。
それが悪性のものであるのなら、善なる光の神であるグレイスフィールの権能が通用する。 ナージャは己の祝祷術を使い、土地へかかる瘴気を払ってみせた。
「おお、畑が……畑が蘇っただ……」
畑作を得意とするドワーフがぺろりと土を一舐めすれば、それだけで土地が地味を取り戻したことはすぐにわかった。
ナージャ達はドワーフから感謝されながら各地へ赴き、瘴気を払いながらその原因を探し続けた。
その原因を突き止めたのは、魔力に関して造詣の深いミラであった。
彼女は本来であればよどみなく循環するはずの地脈が、ある一点で詰まっていることを看破してみせた。
その場所とは、最南端にあるドワーフの里よりも更に南へと向かった地。
そこに何かがあることを理解した『仮初めの英雄』達は、ドワーフ達からの信頼を獲得しながら先へ進んでいく。
「まさかラックさんが鍛冶神としてあがめ奉られているとは……ふふっ、本人が聞いたらなんて言うんでしょうね」
「間違いなく柄じゃねえとは言うだろうな」
「でもラックの鍛冶の腕って間違いなく神域に至ってるから、あながち間違ってなさそうなのがすごいところよね……もしかしてだけど、将来死んだら亜神くらいにならなれるんじゃないかしら?」
神が実在するこの世界では、生前の行いによって人間が神格を持つこともままあることだ。 リアムなども既に神から直接啓示を受けているため、本人が望めば神として天上で永遠の命を謳歌ことも可能であった。
彼女達の見立てでは、ラックの鍛冶の腕は既にヘパイストスに迫るほどの領域に至っている。
本人は頑なに認めていないが、ここにいる四人はラックの鍛冶の腕を誰よりも認めているのだ。
彼女達は誰かに尋ねられればノータイムで、ラック以上の鍛冶師などどこにもいないと言い切るのは間違いない。
彼を守らなければと考えたら領地をほっぽって自分達で動いてしまうのだから、彼女達の思い入れも相当なものだろう。
いくら領地の運営は雇っている文官や官僚任せとはいえ、それでも長期間自分の領地を空けることになるのは間違いないのだから。
彼女達はそのまま進み続け――そしてドワーフ達の住まう領域全体の土地を汚染していた、その元凶と遭遇する。
地脈の詰まりの原因となっているのは、ドワーフの領域を越えていった先にあった湿原だった。
特定したその場所へ向かうと……そこには、地平線を埋め尽くすほどに大量の魔物の姿が見えている。
魔物の数は五千を優に超えている。恐らくは一万も超えているだろう。
魔物達にはまったくといっていいほどに共通項がなかった。
蜥蜴のような鱗と頭を持つリザードマンから、捕食した魔物の特徴を手に入れることのできるキマイラ、更には骨だけのドラゴンであるスケルトンドラゴンなど……魔物達はグループを成すこともなく、なんの統一性もなく並んでいる。
「プシュウ……」
「フシュルルル……」
「ガルルル……」
ただ全ての魔物に共通して言えるのは、彼らの瞳が濁っており――その頭に、赤と紫色をしたキノコが生えていることであった。
「これは……ミラ、知ってる?」
「恐らく生物を支配下に置く大型菌類でしょうね……差し詰めトードストゥール・コマンダーといったところかしら」
ミラが使い魔を使って偵察させたところ、最奥に居る大型魔物の頭部、人間サイズの金色の混じったキノコが生えているらしい。
恐らくその巨大なキノコが、全ての魔物達を胞子を使って操っているのだろう。
眼前にいる、視界を埋め尽くすほどの大量の魔物達。
けれどそれを見ても、誰一人臆してはいなかった。
「腕っ節でどうにもならないことじゃなくて助かったぜ! 要は――」
ミラがグルグルと槍を回転させてから、その石突を地面に打ち付ける。
「こいつら全員ぶち殺せばいいってことだろ!」
「乱暴だけど……まぁ、その通りね」
「よし……戦闘準備」
たった一言、リアムがそう呟くだけで、四人の纏う雰囲気が一変する。
先ほどまでピクニック気分でニコニコとしていた時と比べるとその身体から発されるオーラが、桁違いに膨れ上がっていた。
リアムの全身から噴き出す魔力を目の当たりにした魔物達が、後じさりをする。
胞子に冒されまともな思考能力のないはずの魔物達が、そのわずかに残っている本能で彼女の危険性を感じ取ったのだろう。
「胞子の飛散は気にしなくても大丈夫です」
ナージャの祝祷術によりリアム達の全身が光に包まれ、一切の状態異常が無効となる。
リアムは腰に提げていた剣――ラックが手ずから作り上げた最強の一振り、聖魔剣カオティックレイを鞘から引き抜き、その愛らしい見た目からは想像のつかないほど凄絶な笑みを浮かべる。
「さぁ……やろうか」
その圧倒的なまでの武威に、魔物達が後じさりする。
そして戦闘は始まり……一時間にも満たぬわずかな間で、全ては終わり。
ナージャによる地脈の正常化によって、ドワーフ達を襲っていた食糧問題は、解決をみせるのであった―――。
全てのいざこざをあっという間に解決させて、リアム達はすぐに戻ってきた。
聖魔剣カオティックレイの使用感を聞かせてもらったところ、まだまだ改善の余地はありそうだった。
せっかく聖魔剣をいじれるくらいのポテンシャルのある炉を作ったんだ。後でもう少しチューンナップさせてもらおう。いざという時に万全の状態で戦えない剣なんて、なんの意味もないからな。
ただそれをするのは、明日でいいだろう。
今日はこれからやらなければならないことがある。
リアム達が帰ってきてまず最初にすること……そう、祝宴だ。
「それじゃあ再会とドワーフ達の問題解決を祝って……乾杯っ!」
「「「乾杯!」」」
テーブルを囲む形で円形に並んだ俺達は、ジョッキを打ち合わせてから口に運ぶ。
ゴッゴッゴッ。喉の奥へエールを流し込んでいく度に喉がすごむような音を鳴らした。
味を楽しむことを放棄して、エールをのどごしだけで楽しんでいく。
魔道具を使って冷やしてあるおかげで、するすると恐ろしいほどのペースでエールが減っていく。
多分……というか間違いなく、今日俺は潰れることになるだろう。
こいつらの酒を飲むペースは以上なのだ。
流石元冒険者なだけのことはあり、彼女達に合わせていればあっという間にへべれけになってしまう。
「じゃんじゃん作っているので、遠慮なく食べてくださいね」
「シュリ、ありがとっ!」
ちなみに酒を飲むより面倒を見る方が好きなシュリは、俺達の酒宴には交じらずにせっせと料理を作ってくれている。
相変わらず良くできた子だ、俺の面倒を見ているのがもったいないと感じてしまうほどに。 というかいつの間にか仲良くなったんだ、お前達。
シュリって結構人見知りだったと思うんだが……流石というかなんというか。
「リアムには誰とでも仲良くなれる才能があるからね」
「……思い返してみると俺も、気付いたら友達になってた気がするな」
テーブルの上に並んでいる料理をつまみながら、会話に花を咲かせる。
話題に上がるのは、何年も前にやった若き日の過ちばかりだ。
今にして思うとなんであんな馬鹿なことをしたんだろうとはなはだ疑問なんだが、当時は真剣に考えた末にきちんとやってたんだよな。
年を取って落ち着いたと考えるか、馬鹿をやらなくなったせいでつまらなくなったと考えるかは人によるだろう。
ちなみに俺は、前者の方だ。
年を重ねても人生はつまらなくなんかならない。むしろ厚みが増していって、日々を彩る微細な色調の変化を愛でることができるようになる。
昔を懐かしみながら酒杯を重ねていく。
アルコールを取ると、不思議と塩っ辛いものが食べたくなってくる。
それを見越して濃い味付けで料理を作ってくれているシュリには頭が上がらない。
「いつもありがとうな……シュリ」
「い、いえ……これが私の、仕事ですから……」
お礼を口にすると、彼女はなぜかぷいっとそっぽを向いてしまった。
よく見ると耳が少しだけ赤くなっているような気がする。
……もしかしてこの場の酒気にあてられて、酔っ払ってしまったのだろうか?
「わふっ」
「おお、良い飲みっぷりだな! それ、ぐいっと!」
ちなみに足下にいるジルも、この酒盛りには参加している。
ぶっちゃけジルは、俺より酒が強い。
酒の強さだけなら、リアム達に匹敵するだろう。流石守護獣……というか今更だけど、ジルって酒飲んでも平気なんだろうか?
尻尾を使って器用に杯を傾けているジルに、フェイがなみなみと酒を注いでやる。
それを挑戦と受け取ったのか、ジルはそれを一息に飲み干してみせた。
にやりと笑う槍使いと狼。この飲んべえ達の心は今この瞬間、間違いなく通じ合っていた。「そういえば言い忘れてたんですが……これから私達、定期的に遊びに来ることになりましたので?」
「……は? なんで?」
思わず素直な疑問が口から飛び出してしまった。
話を聞かせてもらうと、どうやらエルフやドワーフとの間で本格的に交易が始まるらしい。 ちょうど王国と彼らの領域の間のあたりに俺の小屋があるから、逗留したり大事な話し合いをしたりするのに都合がいいんだとか。
ナージャがエルフの里に長いこと居たり、リアム達本人が来たりしたのには、そういう理由があったのか……ようやく得心がいったよ。
別にわざわざこの小屋を使わなくとも、アレルドゥリア山脈なんかどこからでも抜けられると思うんだが……口にはしないでおいた。
それが今後とも俺と交友を持つつもりだという婉曲な表現であることがわかったからだ。 あれ……でも待てよ?
「もしかしてそれだと、エルフやドワーフも来るのか?」
「ええ、ビビさんやアリーシャさんも定期的に来ると思いますよ。特にビビさんは、まだまだ包丁とフライパンの作成が追いついていないようでしたから」
「主婦二刀流、まだ流行ってるのか!?」
「ビビさん曰く、やはりラックさんの包丁とフライパンでないと駄目ということでした」
「そんなことある!?」
「まぁまぁそう言うなって、賑やかなのはいいことじゃんか!」
そもそもの話、俺は賑やかなのが嫌で山に来たんだがな……。
でもたしかにフェイの言う通り、賑やかなのはいいことかもしれない。
都会の喧噪から離れたこの場所は、一人で集中して鍛冶をするのにはもってこいの環境だ。 けれどやっぱり、ずっと一人で居るというのは寂しさも感じてしまう。
シュリが来て、ビビが来て、ナージャやアリーシャだけでなくリアム達までやって来て……当初想定していたよりはるかに賑やかで忙しくはなってしまったが、不思議と俺の気持ちは店を構えていた頃よりも、ずっと落ち着いている。
口下手な俺では上手く言葉では表せないが、その……こういうのも、なかなかどうして悪くない。
「これからもよろしくね、ラック!」
「何かあったらすぐに言いなさいよ――絶対に、助けるから」
「水くさいこととかすんなよな!」
「ラックさん、今後ともどうぞごひいきに」
一度は終わるとも思っていた『仮初めの英雄』達との関係も、なんやかんやで今後も続いていきそうだ。どうやら人の縁というのは、そう簡単に切れるものではないらしい。
忙しすぎず暇すぎない日々は、きっと今後も続いていくに違いない。
俺がゆっくりと山で隠居ができるようになるのは、まだまだ先の話のようだ――。