「…………え?」
ギギギと油の切れた人形のような人形のように、リアムがこちらを向く。
パクパクと口を開いたり閉じたりしながら、目を見開いている。
「え……えええええええええええええぇぇっ!? どどど、どうして急に!?」
「店が吹っ飛んだから……というのが表向きの理由だな」
「――ええっ!? 店、なくなっちゃったの!?」
絶えず襲ってくる新たな情報にパニックになっているようで、リアムはグルグルと目を回していた。
「ああ。二つの魔力文字の相性を試すために何振りか作ったら、更地になった」
「更地っ!?」
そう、この二ヶ月で既に俺の店は完全に更地になってしまっていた。
まさかちょっと出力をミスったせいであれだけの衝撃波に襲われるとはな……おかげで途中からは完全防備で作業をすることになり、熱中しているうちに俺がやっている店どころか中にあった炉から備品から全てが跡形もなく消し飛んでしまった。
聖魔剣を作る時には鍛冶作業が終わりあとはエンチャントをするだけで良かったので問題なく仕上げることができたわけだが……更地の鍛冶屋では今後の作業に明らかに支障が出る。 ただ、それなら別に吹っ飛んだなら新しいものを建てれば済む話。
つまりこれはいわゆる建前というやつで、本音は別のところにある。
「ぶっちゃけた話……これ以上俗世の依頼を受けたら俺の方がパンクして、まともに自分のしたい鍛冶ができなくなる。それに……平和になった世の中じゃあ、リアム達も剣を振るう場所がないだろ?」
「うぐ、それはたしかにそうだね。最近身体は鈍ってしかたないし……お腹だって、ちょっとぷにってきてるし」
少し薄情な気もするが、俺がリアムの専属鍛冶師になったのはそうするのが一番、自分のしたい鍛冶ができたからだ。
『仮初めの英雄』と共に歩んできた日々が、間違いだったとは思わない。
けれどあれはあくまでも、ギブアンドテイクの関係が成り立つからこそ続いているもので。きっと今が、俺と彼女達の道は分かれるタイミングなのだと思う。
今後、リアム達は強力な武具を必要とする機会はどんどんと減っていくことだろう。
平和な世界で必要になるのは一本の名剣ではなく、十の鋤や鍬なのだから。
『人のために生きることこそ、鍛冶師の本懐だ』
父さんの言葉が頭をよぎる。
鍛冶屋は誰かの役に立たなければいけないとは、俺も常々思ってきた。
けど自分で言うのもあれだが、その……俺は十分に、世の中というものに対して貢献をしてきたように思う。
それに何も一切の鍛冶をしなくなるわけじゃない。
技術を研鑽していけばきっとその先には、今よりもっと沢山の人に役立つものが作れる気がするのだ。
それもあるからこそ……俺は、わがままになろうと決めた。
『自分のために生きることこそが、鍛冶を何より色づけてくれる』
ここから先は――俺の好きなように、生きるのだ。
自分の腕を磨いて磨いて磨き続けて……鍛治師の頂を、この目で見てみたい。
かねてから抱いていた情熱は、ことここに至っても一切消えることはなく。むしろ以前にも倍するほどの勢いで、煌々と燃え続けていた。
俺はそんな自分の気持ちを、真っ直ぐにぶつけた。
最初は不満そうな顔をしていたリアムも、俺が思いの丈を告げていくうちに表情が変わっていく。
怒りから戸惑い、そして諦め……良い変化なのか悪い変化なのかはわからないが、彼女は最終的にはため息をこぼしながらも頷いてくれた。
「そう……だね。それがラックのしたいこと……なんだもんね」
「勘違いしてほしくないんだが……」
俺にとって、『仮初めの英雄』との日々は、何よりもかけがえのない、とても大切なものだよ。
そう告げると、リアムははにかんだ。
それに釣られて、俺も笑う。
俺はあの研鑽の日々を、生涯忘れることはないだろう。
だからこれはしばしのお別れだ。
もちろん、今生の別れでもなんでもない。
全力で生き抜いていれば、道は再び交差するはずだ。きっと……いや、絶対に。
「ミラ達に挨拶はしていかないの?」
「もちろんしていくさ。今日の午前中の予定は、屋敷巡り」
「そっか……ラック、ちょっと待っててもらっていい?」
「ああ、構わないぞ」
俺が待っていると、リアムはめちゃくちゃ仕事ができそうな家宰の人間と話し合い始め、そして数分もしないうちにこちらに戻ってきた。
「出立、明日でも大丈夫? 今日休みもらってきたからさ、皆でラックの送別会をしようと思って」
「……ああ、一日ズレたぐらいで問題は起こらないさ」
こうして俺は久しぶりに、リアム達と一緒に昼間っから酒を飲むことにした。
店が吹っ飛んだ俺と大貴族の彼女達。
立場は変わったものの、お互いの関係性は何も変わらない。
「ラックがいなくなったら困る! 私の聖槍が壊れたらどうすればいいんだ!」
「大丈夫だ、こんなこともあろうかと自動修復(オートメンディング)をかけている。壊れても次の日には直るようになってるさ」
「なんだと!? たしかにヒビが入っても次の日にはなくなってたから、変だとは思ってたんだ!」
「逆になんでそれで気付かなかったんだよ」
フェイは相変わらずキリッとした見た目のくせにどこか抜けていて。
「まぁ俺くらいの鍛冶師ならいくらでもいるだろうし、達者でやってくれ」
「ラックさんレベルの鍛冶師がいるわけないじゃないですか!?」
ナージャにはなぜか呆れられ、怒られてしまった。
俺は流れの鍛治師だので他のやつの腕をほとんど知らないが、まぁ俺クラスの鍛治師ならいくらでもいるはずだ。
お世辞だとわかっていても、ナージャに認められたようで嬉しい気分になる。
「また遊ぼうね、ラック! あなたはマブダチだからな」
「おう」
ミラとは拳を打ち付け合い、また会う約束を交わした。
そして次の日、俺は二日酔いに悩まされながらも馬車に乗り込んでいく。
向かう先は――この二ヶ月のうちに目星をつけて買った、辺境にある名もなき山だ。
誰にも邪魔されることなく、鍛冶に打ち込める環境。
それを求めた結果どうしても人のいない場所を選ばざるをえず、結果としてかなりの秘境になってしまったが……こればかりは致し方あるまい。
こうして店を吹っ飛ばした俺は、鍛治師としてのセカンドライフを始めるため、王都を後にするのだった――。