「おう、巷じゃすっかり偉人扱いだろ。俺も敬語とか使った方がいいか?」
「そんなのやめてよ、ラックはラックのままでいて! 僕の方こそ、来るの遅くなっちゃってごめんね、色々と話さなくちゃいけない相手がいてさ……もう疲れちゃったよ」
 リアムは勝手知ったるといった様子で中へ入ると、椅子に座ったままぐでーっと机の上に倒れ込む。
 世の中の彼女を知っている人が見れば驚愕すると思うが、こいつは案外こんなやつだ。
 がさつだし、ボーイッシュというより男勝りという表現が正しいやつで、女の子らしさというものを母さんの腹の中に忘れてしまったようなやつだ。
 まぁ女の子女の子した子と比べると付き合いやすいから、俺は助かってるんだけどさ。
「色々大変だっただろ……」
「うん、過去形にはできないよねぇ……現在進行形で大変だし、多分一ヶ月後ぐらいまでは毎日パーティーや巡礼でおおわらわだよ」
 見ればリアムは、最後に見た時より明らかに元気がない。心なしかげっそりしているような気もする。
 慣れていない王族や大貴族達との気疲れするやりとりの毎日で、だいぶ心がすり減っているらしかった。
「勇者ってのも楽じゃないんだな……ほれ」
 店の裏から取ってきたポテトチップスを差し出すと、リアムはフードを脱ぎ捨ててからぽりぽりと食べ始める。
 ちなみにこれは自作だ。誰とも話さず長時間過ごすことも多いため一通りの家事はこなせるんだ。
「他人事だなぁ……本当ならラックも僕らと一緒に来るべきなんだからね?」
「趣味じゃないんだよ、目立つの」
 俺はリアム達に、俺の名前を出すことのないようお願いしている。
 おかげで勇者パーティーの専属鍛治師にしては、世俗的な柵も少ない方だと思う。
 俺は金や地位、名誉といった世間的に必要とされるもののほとんどを必要としていない。
 衣食住なんか最低限生きていければいいし、女を作る暇があるならその間に剣の一本も作っていたい。
 これは俺の持論だが、鍛冶師にとって世の中の柵は基本的には邪魔にしかならない。
 リアム達が有力者達のため断り切れないものを選別し、こちらに回してくる仕事を最小限にしてくれていることはわかってはいるのだが、俺視点からするとこれでも大分多い方だ。
 リアム達からの報酬であらゆる素材を私費で調達できるようになった今、正直あまり自分の技術研鑽に繋がらないような仕事は受けたくないと思っている。
 彼女達が最高の素材とオーダーを回し続けてくれるから、我慢してきたわけだけど。
 実際のところ、金にはまったく困っていない。というかそもそもの話、かかる経費以外で金に興味がない。
 途中からはただ鍛冶仕事をして技術の限界を目指し続けていけば自然と溜まっていったため、最近では自分の金庫にどれくらいの金が入っているか自分でもほとんど理解していない。 そういえばかつて古代文明の遺物である聖剣を修復したことで、王家から報酬も出ていたっけ……中身を見ずに袋ごと金庫行きになったため額は知らないが。
「僕らも難儀してるんだよ……腕がいいのにこれだもの」
「お前ほどの剣士に腕がいいと言われると、流石に照れるな」
「前半の言葉、全然聞き取ってなくない!? 難聴系主人公でももうちょっと音拾うよ!?」
 もう……と言うことを聞かない子供を甘やかすお母さんのような顔つきで、彼女は背中に手をかける。
 そしてごとりと机の上に一本の剣を乗せた。
 思わずごくりと喉が動き、生唾を飲み込んでしまった。
 鞘に入っていてもわかるこの圧倒的な存在感。
 そして迸る魔力と、隠しきれない禍々しさ……。
 俺が目を向ければ、リアムはこくりと頷いてみせる。
「そう、これが歴代の魔王が使ってきたという魔剣……禍剣セフィラだよ」
「ありがとうな、無理を言ってもらって」
「もう、ホントだよ! これを借りてくるのに、めちゃくちゃ骨を折ったんだからね!」
 聖剣の修復依頼に関して、俺はリアム達から報酬を受け取らなかった。
 その代わりに彼女達に、俺は一つの交換条件を出したのだ。
 それは――歴代の魔王が使ってきたという魔剣、禍剣セフィラを俺に貸与してくれること。 もし魔王の討伐ができれば彼女達のものになるんだからあっさり借りれるとばかり思っていたが……どうやらこいつが魔王の討伐を証明するものということもあり、持ち出しには相当に難儀したらしい。
 ここ最近の疲れのうちの何割かはこいつを持ち出すためのものと言われれば、俺としても頭を下げることしかできない。
「とりあえずかなりヤバめな呪いが書かれてるみたいだから、気をつけてね」
「ああ、こいつに記されてるのは恐らく聖剣に記されていた神聖文字と同年代のもの……気合いを入れて、楽しませてもらうよ」
「僕はラックの身を案じて言ってるんだけどなぁ……とりあえず僕はそろそろ行くね。この後も予定がぎっしりなんだよ……誰かさんと違ってね!」
「おう、また後でな。この禍剣の分析と研究に区切りがついたら、俺の方から尋ねに行くよ」
「フェイ達もラックに会いたがってたから、そう遠くないうちに来ると思うよ!」
「そうか、それなら楽しみにしておくよ」
 べーっと舌を出しながらかわいらしい嫌みを言って、リアムはそのまま店を出ていった。
 おしゃべりが好きな彼女がこんなにあっさりと引き下がるところを見ると、どうやら相も変わらずかなり忙しいらしい。
 俺にはごめんだな。
「さってと……」
 俺は剣の柄に触れながら、にやりと笑う。
 鏡を見なくてもわかる。
 きっと今の俺の瞳は、おもちゃを与えられた子供のようにキラキラと輝いていることだろう。
 こりゃあしばらくは、徹夜かな。
「――構造分析(アナライズ)」