結果的にリアム達は、馬車を自分達が使う一台を除いて帰らせることを決める。
そしてそこに現在ラックが所有していた『収納鞄』を全て乗せて、身軽な状態で飛び出したのだ。
輜重の人間や兵士達は当然ながら抗議の声を上げたが、リアム達勇者パーティーが自分達より弱いのなら来る必要がないと言えば、それに反論をするのは不可能であった。
彼らは傍から見るととてつもない速度で、けれど本人達からすれば鼻歌混じりでできるほどほどの気軽な速度で森の中を駆けていった。
「まさか四人だけでまた行動できる日が来るなんてね」
「今後機会は増えることになりますよ、きっと」
「ひっさしぶりの冒険だなぁ、腕が鳴ってきたぜ」
リアム達『仮初めの英雄』は晴れやかな顔をしながら、立ちはだかる魔物達を鎧袖一触に蹴散らしていく。
貴族として爵位をもらってからというもの、実戦を行う機会はグッと減った。
けれど当然ながら鍛錬は欠かしていない。
魔王を討伐した時と遜色のないだけの戦闘能力を保持し続けている。
「うーん、駄目だなぁ。槍を戻すまでの間が0.01秒くらい微妙に遅くなってる気がする」
「私も回復以外の祝祷術の展開速度と効力が微妙に劣化している気がします」
「私も似たようなものね……鈍りたくないものよ、本当に」
ただそれでも本人達からすると納得がいかない様子で、彼女達はやってきた時のビビが苦戦していた森の中の魔物達を、文字通り殲滅する勢いで先へと進んでいく。
一昼夜ほど粘って駆ければ、エルフの里へたどり着いた。
来ることは事前にナージャが伝えていたため、里にも問題なく到着。
そしてそのままエルフ達といくつかの約束事を交わす。
交わすのはあくまでも個人的な友誼で、国としての付き合いはしない。
今後はラックの拠点を通すような形で、リアム達の側からは加工品や魔道具などの文明的な産物を、対価としてエルフ達は培ってきた魔法技術をという形で相互に利のある取引だ。
そしてこの場でも、ラックの名が想像以上の効力を発揮させる。
「ラック殿から話は聞かせてもらっている……彼は我々にとって命の恩人だ。彼のためになら、いくらでも力を貸そう」
エルフの里を救い出したのは、ナージャという人脈を使ったことも含めて、まるごとラックの功績であった。
更に言えばビビにあの包丁とフライパンを与えたのも、現在エルフで大流行している主婦二刀流の武器を揃えているのも彼であり、頑迷で排他的なエルフにしては珍しく、ラックはまるでエルフ達の恩人として讃えられていた。
それを見て悪く思わないのはリアム達の方である。
ラックのことを認めてもらって、嬉しくないはずがなかった。
「僕達はこれからドワーフ達を助ける。なのでこれは提案なんだけど……」
リアムが口にしたのは、今後はこのエルフの里を通じる形でドワーフ達とも連絡を取りたいということだった。
「ドワーフ達との交流か……必要なことなのか?」
「今後のことを考えれば、間違いなく」
リアム達の腹案――それはラックの暮らしているアレルドゥリア山脈を通す形で、エルフとドワーフとの交流を復活させるというものだ。
違う文化圏と優れた技術を持つ彼らとの交流は、リアム達の領地に莫大な利益を与えてくれるだろう宇。
ラックの平穏な生活を守るためには、自分達が国王の言いなりにならぬほどに力を蓄える必要があった。
「うむむ……わかった。アリーシャの里のドワーフ達とは何度か連絡は取っているからな、ドワーフだからといって毛嫌いしているだけではいけない。私達が変わるべきタイミングがあるのだとすれば、それがきっと今なのだろう」
リアム達はドワーフとエルフの間の仲の悪さもありすぐに確約はできないという前置きはあったものの、前向きに検討してもらうことに成功する。
彼女達はその足でドワーフの里へと向かっていく。
畑を襲っている不作の原因は、土地に満ちている瘴気がその原因であった。
瘴気とはこの星そのものが持っている魔力のパスである地脈の流れが狂うことによって生じる悪しき魔力だ。
それが悪性のものであるのなら、善なる光の神であるグレイスフィールの権能が通用する。 ナージャは己の祝祷術を使い、土地へかかる瘴気を払ってみせた。
「おお、畑が……畑が蘇っただ……」
畑作を得意とするドワーフがぺろりと土を一舐めすれば、それだけで土地が地味を取り戻したことはすぐにわかった。
ナージャ達はドワーフから感謝されながら各地へ赴き、瘴気を払いながらその原因を探し続けた。
その原因を突き止めたのは、魔力に関して造詣の深いミラであった。
彼女は本来であればよどみなく循環するはずの地脈が、ある一点で詰まっていることを看破してみせた。
その場所とは、最南端にあるドワーフの里よりも更に南へと向かった地。
そこに何かがあることを理解した『仮初めの英雄』達は、ドワーフ達からの信頼を獲得しながら先へ進んでいく。
「まさかラックさんが鍛冶神としてあがめ奉られているとは……ふふっ、本人が聞いたらなんて言うんでしょうね」
「間違いなく柄じゃねえとは言うだろうな」
「でもラックの鍛冶の腕って間違いなく神域に至ってるから、あながち間違ってなさそうなのがすごいところよね……もしかしてだけど、将来死んだら亜神くらいにならなれるんじゃないかしら?」
神が実在するこの世界では、生前の行いによって人間が神格を持つこともままあることだ。 リアムなども既に神から直接啓示を受けているため、本人が望めば神として天上で永遠の命を謳歌ことも可能であった。
彼女達の見立てでは、ラックの鍛冶の腕は既にヘパイストスに迫るほどの領域に至っている。
本人は頑なに認めていないが、ここにいる四人はラックの鍛冶の腕を誰よりも認めているのだ。
彼女達は誰かに尋ねられればノータイムで、ラック以上の鍛冶師などどこにもいないと言い切るのは間違いない。
彼を守らなければと考えたら領地をほっぽって自分達で動いてしまうのだから、彼女達の思い入れも相当なものだろう。
いくら領地の運営は雇っている文官や官僚任せとはいえ、それでも長期間自分の領地を空けることになるのは間違いないのだから。
彼女達はそのまま進み続け――そしてドワーフ達の住まう領域全体の土地を汚染していた、その元凶と遭遇する。