「……ふぅ、どうやら行ったみたいだね」
 ラックの映像が消えしばらく経ってから、口火を切ったのはリアムだった。
 彼女の顔には、以前はいつも浮かべていて、しかしここ最近ではあまり見せることのなくなったいたずらっぽい笑みが浮かんでいる。
「しっかしまさか、ラックがまたとんでもないものを作ってるとは……これ一本でてんやわんやだったっていうのに……」
 そう言ってリアムが持ち上げたのは、以前別れの際にラックが手渡した聖剣と禍剣の性質を併せ持つ魔剣、聖魔剣カオティックレイ。
 この剣の性能は、正直なところ常軌を逸していた。
 その切れ味と攻撃力は禍剣を超えており、聖剣にも勝るとも劣らぬほどの『身体強化』は一兵卒を騎士団長に勝たせてしまうほどに強力だったのだ。
 そんな業物を隠し通せるはずもないので国王に話をすれば、なお一層騒ぎは大きくなってしまった。
 色々な人間がラックとアポを取ろうとして、元々店があった更地に大挙して押し寄せるほどだったのだ。
 専属鍛冶師をやめると聞かされた時は本当にショックだったが、今となってみればあのタイミングで店を畳んで山へ出かけていたのは僥倖ですらあった。
 ちなみにリアム達は結託して、ラックの情報を隠し通していた。
 彼女達にとってラックはかけがえのない戦友だった。
 そしてそれは何も魔王との戦いの勝利に大きく貢献してくれたというだけではなく……出会った時から一蓮托生で共に歩いてきたという自覚のある彼女達にとって、ラックは何よりも大切な存在でもあったのだ。
「それにしても素材を回復させる包丁は流石に驚いたわね……聖魔剣はまだただ強いだけの剣だったからアレだけど、あれに関しては本当に隠し通さないとマズいわよ」
「そうなのか?」
「はぁ……フェイ、そんなこともわからないのね」
「馬鹿にするな! 私のことを馬鹿にしていいのはラックだけだ!」
 あんな馬鹿げた性能の包丁やフライパンが何本もあってはたまったものではない。
 聖魔剣に関してはリアム用のワンオフだと納得させたからこそ今では鎮火できている。
 使われているのが古代文明の技術であることを隠しきれたため、そこまで大事にはならなかったのも大きいだろう(それでもある程度の騒ぎにはなったが)。
 だがあんなものが新たに出てきてしまえば、せっかく消した炎が再び燃え上がるのは疑いようもないことだろう。
 食料を量産できる魔道具が作れると発覚すれば、恐らく王国はなんとしてでもラックのことを取り込もうとするに違いない。
 またどこかから彼が古代技術を現代に復活させたことがバレれば、その騒ぎは間違いなく大きくなる。
「ことはもう、王国だけの問題じゃ収まらなくなる。ラックの力が知られれば彼は恐らく……いや間違いなく、世界中の全ての有力者から身柄を求められることになるでしょうね」
「うーん、やっぱりそういう感じになっちゃいそうだよねぇ」
「ラックの力が認められた方がもちろん嬉しいとは思うんだが……なんだか複雑な気持ちだぜ」
 ラックの正体を知る人物は、この世界には両の指で数えられるほどしかいない。
 未だ彼が『仮初めの英雄』の元専属鍛冶師としてすら認識されていないことを、彼女達自身は歯がゆく思っている。
 けれどそれがラック本人のたっての願いであるからこそ、彼の気持ちを尊重してきた。
 ラックは有名になって鍛冶師として名を上げることを求めていない。
 彼は本当に、鍛冶の道を極めることしか頭にないのだ。
 リアム達からすると、ラックは自分の作るものについてあまりにも無頓着だった。
 彼は技術的なところには傍から見ていて異常に思えるほど執心するくせに、自分が作ったものが世界にどれだけ大きな影響を与えるかなどということは考えもしないのである。
 けれどそんな彼の在り方を、リアム達は愛しく思っていた。
 故にリアム達は彼の安住を守るつもりだった。
「とりあえず国の力を借りる選択肢はナシだな。私らだけでやろう」
「ええ、せっかくエルフとドワーフとのパイプができたんです。これをあいつに渡すのはあまりにももったいない」
 リアム達は実のところ、アレキサンドリア王国に対しあまり良い感情を抱いていない。
 王はリアム達にほとんどなんの援助をすることもなく、ただ彼女達が王国出身だったからという理由だけで全てが王国の手柄であるかのように喧伝した……どこかの名声を気にもしない鍛冶師とは正反対に。
 更に言えばラックの身柄を率先して割り出そうとしたのも国王である。
 既に彼女達の不信感は、抜き差しならないところまで高まりつつあった。
 ラックの平穏を守るため――その思いで彼女達は団結し、動いている。
 ナージャが単身エルフの里へ出向き彼らと国交ではなく個人的な友誼を結んだのも、その計画の一環であった。
 そう、全ては……信用のできない王国ではなく、自分達でラックの平穏を守るため。
「とりあえず、現地集合で良いか?」
「ええ、私達が集まれば、どうとでもなりますよ」
 ドワーフ達の食糧難は、作物の不作が起きている根本的な問題を治さない限り解決しない。 そちらの方は、ナージャが既にある程度あたりをつけている。
 彼女達『仮初めの英雄』が出張れば、問題なく解決は可能な案件だった。
「それじゃあ久しぶりに――『仮初めの英雄』、全員集合だね!」
「せいぜいラックのこと、驚かせてやりましょう?」
「「「おーっっ!!」」
 遠い空の下で、自分のせいで事態がどんどん大事になっているなどとはつゆ知らず。
 ラックは一人、ちょっと寂しさを感じながらジルをブラッシングしているのだった――。