「私の名前はアリーシャと申します、ラック様」
「さっきから言ってるが様付けはよしてくれないか? せめてさん付けにしてくれ」
「……わかりました、ラックさん」
 とりあえず土下座から直ってもらった幼女は、アリーシャというらしい。
 ちなみに見た目的には完全にロリなのだが、これで成人している立派なレディーということだ。
 こういうのをなんというんだっけか……合法ロリ……だったか?
 一部のマニアが見たら飛びつきそうなほどに愛くるしい見た目だ。
 彼女は先ほどからなぜか、物凄いキラキラとした目で俺のことを見つめてきている。
(ナージャ、お前一体この子に何を吹き込んだんだ……)
 恨みがましい目でナージャを軽く睨むと、何を勘違いしたのか、ナージャは何故かふふんと自慢げに胸を張った。
 ……駄目だ、残念ながらまったく意思疎通ができていない。
「エルフ達のリーダーを務めているビビという女から、ラックさんであればドワーフの現状をなんとかできるに違いないと聞きました! ナージャさんもラックさんであれば解決できないことはないと!」
「お前……ビビやナージャから何を聞いたのかはわからないが……俺はただの鍛冶師だ。できることなんて、本当に些細なことだぞ」
 ぽりぽりと後頭部を掻く。
 鍛冶の腕になら自信はあるが、俺はその辺にいて十把一絡げにできるような凡人だ。
 ただ鍛冶が好きなだけの俺に、ドワーフ達が困っているような難題が解決できるとは思えない。
 まぁ武力でなんとかできる問題ならなんとかできるかもしれないが……俺は基本的にオーダーメイドでしか武器を作らない。数人分の装備を作るくらいが関の山だ。そんなんでは大局的に問題を解決することはできないだろう。
 もちろん、俺にできることなら手伝わせてもらうけどさ。
 ちょうどエルフ式の文法を使って鍛冶がしてみたくてうずうずしてたところだったんだ。
「アリーシャさん、もし良ければラックさんに詳しい事情を話してあげてくれませか?」
「はい、えっとですね……」
 あまり慣れていないからか、たどたどしい口調で話してくれた内容はざっと話すとこんな感じだった。
 現在アリーシャの所属しているドワーフの共同体は、食糧難にあえいでいる。
 その原因は今までドワーフ達が獲っていた燕麦や大麦が突如として不作になったからだという。
 今はまだ備蓄を放出しているためになんとかなっているが、このままでは早晩餓死者が出てしまう。
 それならとそこでまず、彼女は他のドワーフ達の共同体に助けを求めたのだという。
 すると他の共同体でも、同様の食料不足が起こっていた。そのせいであちらからむしろ食料を分けてほしいと頼まれてしまうほどにどこも厳しい状態だったのだという。
 ドワーフ達は現状を打破するために、エルフの里へ助けを求めることにした。
 ただエルフの里へ行こうとしても結界に阻まれてなかなかたどり着くことができない。
 どうやって突破したものかと難儀していたところ、なぜか物凄い大きな叫び声が聞こえてきた。
 そこで大量の包丁とフライパンを持っている謎のエルフ達と、その先頭を行くビビと出会ったのだという。
「あれは儀式か何かだったのでしょうか……どうやらエルフ達の文化は、私が知らないうちに大きく変化していたようです……」
「わかります」
 つい先日、やってきたビビから追加で包丁とフライパンのセットの注文を請けた俺は、彼女の気持ちに痛いほど共感ができた。
 人生でこんなに沢山の包丁とフライパンを作ったのは流石の俺も、あれが初めてだったよ……。
 ――なんで主婦二刀流の勢い、留まるところを知らないんだよ……っ!
 どう考えても剣と盾の方が強いだろうが……っ!
 間違いなくあれはビビの才能あってのものだと思っていたんだが、どうやらビビは最近本格的に主婦二刀流を体系的な流派にしようと取り組んでいるらしく、誰でも見事な包丁とフライパン捌きができるよう教理も固まってきているのだという。
 恐ろしい話だよな……って、いかんいかん。今はそれよりドワーフの話だ。
 つい日頃の恨みつらみのせいで思考が逸れてしまった。
「そこでビビとナージャさんと知り合うことができた私は、まずは背に腹は代えられないとエルフ達に助けを求めることにしたのです」
 どうやらドワーフの方もエルフ達を良くは思っていないらしく、しぶしぶという感じがこちらにもひしひしと伝わってくる。
 だがどうやらエルフ達の方にも、そこまでの食料の余裕はないらしかった。
 彼らは元々が狩猟民族であり、交易で何かを外に輸出入という考え方自体を持っていない。 穀物も育てているが、それはあくまでも自分達が消費する程度の量。自活できる以上の量はない。
 そのため食料難の解決は仕様がなく、結果として領主としてある程度小麦類の融通の利くナージャに頼ることに決めたようだった。
 そしたらナージャがこちらに来る際に俺のことをあれやこれやと褒めたものだから、それならあのラックさんであればなんとかできるはずだと俺にお鉢が回ってきたということらしい。
 なんというか……信頼が篤すぎる!
 そこまで真っ直ぐ信じられると、俺の方も答えなくちゃいけないような気になってくるから不思議だ。
「ラックさんに頼ってなんとかならなかったことは一度もなかったですからね。信用しているんです、あなたのことを」
 そう言ってにっこり笑うナージャ。
 『仮初めの英雄』からの製作依頼ではリアムの言うできるわけねぇだろってタイプのやつが一番キツかったが、その次に無茶を言ってくるのはいつだってナージャだった。
 彼女の無茶ぶりはいつも、こちらができるかどうかギリギリなところをついてくるものだから、鍛冶師としての創作魂が疼いてつい100%以上の力を出してしまうのだ。
(幸か不幸か、食糧難を解決できそうな手段がつい先日手に入ったんだよなぁ……偶然って怖い)
 俺は再びぽりぽりと頭を掻きながら、頭を回転させた。
 そして台所へ行き、ミスリルでできた包丁とフライパンをちらと見てから、脇に置かれていた『収納鞄』を取ってくると、アリーシャの前にドスンと置いた。
「実はこいつの中に大量の食料が入っている。ある程度時間はかかるが、量も用意できるぞ」
 俺の説明を聞いたアリーシャの顔がみるみるうちに明るくなっていく。
「す……すごいです! 流石ラックさん! さすラック!」
「……変な略し方しないでくれるか?」
 常に微笑を浮かべているナージャは口角を更に上げ、そして小さく笑った。
「ね、だから言ったでしょう? ラックさんに任せれば、どんな問題も解決するって」
 ナージャの期待が重すぎる、が……とりあえずできることをしていきましょうかね。