リアムが鍛冶屋にやって来てから二ヶ月後。
一通りの研究と準備を終えた俺は、彼女が与えられた王都の邸宅にやってきていた。
「ふふん、どうですか勇爵様のお屋敷は! 金に飽かせて調度品から何から全部一級品で揃えたからね! 自慢じゃないけど、なかなかのものだよ!」
「家を誇るのはいいんだが、そのやり方に品性がなさすぎる……」
リアムは魔王討伐の功から、貴族に叙されることになった。
ただ本来なら国王でもできないような難事をやってのけたのだから、上げる爵位はどれにするのがいいだろうという話になり。
公爵位をあげたいが公爵は王と血縁関係がなくてはならないため、新たに勇爵と呼ばれる唯一にして無二の爵位をあげる形でなんとか乗り切ったらしい。
「で……どうだった?」
「ああ、悪くない……いや、実に得がたい経験だった」
俺は腰に提げている二振りの剣を取り出しながらそう口にする。
「禍剣セフィラは俺が想像していた通り、神聖文字とはまた異なる古代文字によって作られていた。新たな知見が広がるどころの話じゃない。この二つを極めれば、俺は鍛治師として更なる高みにいけるだろう」
禍剣セフィラに記されている魔力文字は、神聖文字とは別のものだった。といっても源流が似ているから解読にはさほど時間はかからなかった(ちなみに俺は、これを便宜上古代魔族文字と呼ぶことにしている)。
大変だったのはむしろその後と言っていい。
神聖文字を真っ直ぐな天使とすれば、この古代魔族文字は一癖も二癖もある悪魔といえた。 こいつを使って剣を打つと、ちょっとでも文法を間違えたり込める魔力量を間違えたりするだけで爆発したり、炎に包まれたりしてしまう。
おかげで副産物も手に入ったわけだが……総括すると、なかなかな難物だったと言える。
「……どうして、剣が二本あるの?」
たしかにそれは当然の疑問だろう。
ポケットの中に入れたら二つに増えるビスケットでもないんだから、剣がいきなり分裂するはずもない。
「ふふ、それはだな……」
俺は何日もの間仮眠しか取ることもなく、若干ハイになっている脳みそをフルで回転させ、早口で説明をすることにした。
神聖文字と古代魔族文字。
この二つの新たな魔力文字の解読に成功した俺の脳裏に、一つの閃きが走った。
聖剣クラウソラスと禍剣セフィラは、間違いなく同格の強さを誇る存在だ。
そして二つは同年代に生み出されたものと推定され、そのため二つの魔力文字にはいくつもの共通項がある。
――で、あれば。
それら二つの魔力文字を組み合わせれば……二つの剣の特徴を併せ持った、最強の剣が作れるのではないか?
鍛冶の神髄を突き詰めようとする信徒である俺にとって、その疑問を抱くのは至極当然のことであった。
「そうして紆余曲折の末にできたのが……こいつだ」
俺は禍剣セフィラの隣にある剣を鞘から抜き出す。
右半分の刀身が白、そして残る左半分が黒。
神聖文字と古代魔族文字はとにかく互いに反発する性質を持っており、同じ刃にエンチャントを施そうとしても爆発してしまうだけだった。
その問題をなんとかするためにはまず剣を作るにあたって必要な魔力情報を一度全て書き起こし、そのうち共通項を両者を接合する部分に集め、その上で一度別々に刀身を作ってから交互にエンチャントをかけてかけ合わせることで、なんとか反発する性質をそのまま魔法効果に落とし込むことに成功した。
こうして俺が生み出した剣こそが――。
「聖魔剣カオティックレイ……間違いなく今の俺が作れる、最高傑作だ」
「聖、魔剣……」
リアムは信じられないようなものを見る目で剣を見たかと、同じような顔をこちらにも向けてきた。
「多分だが純粋な耐久性と攻撃力だけなら、リアムが使っている聖剣以上になるだろう」
「な、なんてものを作っちゃうのさ!?」
「作れる技術があるのなら、作らずにはいられない……鍛冶師っつうのはそういう生き物なんだよ」
「か、カッコいいこと言って誤魔化そうとしても騙されないからね!」
なぜか顔を赤らめながらそんなことを言われる。
別に誤魔化してるわけじゃないんだが……病気だろうか?
勇爵としてのめまぐるしいほどの忙しさに、熱の一つでも出したのかもしれない。
遊びに来た時のフェイ達も全員死んだ目をしていた。
勇者パーティーは四人とも、とてつもなく忙しいらしいからな。
(というかリアムは褒めてくれているけど……俺自身としてはまだまだこの聖魔剣の出来に満足はいっていないんだよな)
この短い時間では、そもそも最適な魔力文字を見つけることができなかった。
理論上より効率的なエンチャントを施せるくらいに情報が圧縮できるようになれば、その他にも色々な性能が足せるはずなのだ。
純粋な強化効率がエグくなる聖魔剣であれば、もっともっと俺の創作意欲を満たせるような作品が作れるはずなんだが……いかんせん、俺の努力不足だ。
少なくとも今よりも神聖文字と古代魔族文字を使ったエンチャントに熟達しないと、これ以上の作品を作るのは難しいと言わざるを得ない。
「この剣は習作だ。とりあえずリアムに渡しておくから、もしも聖剣が壊れた時は使ってくれ」
「聖剣が壊れることなんてそうそうないと思うんだけど……? 魔王との戦いの時だって傷一つついてなかったし」
「別に聖剣自体の耐久度はそこまで高いわけじゃないから、そこは純粋にリアムの腕だと思うがな……あ、そうだ。実は今日、リアムに一つ言っておくことがあるんだ」
「え……何、どうしたのさ急にそんな真面目な顔をして。も、もしかして……(ドキドキ)」
いかんいかん、ここに来たもう一つの目的を完全に忘れるところだった。
俺はなんでもないような態度のまま、気軽に告げることにした。
「俺……リアム達の専属鍛冶師辞めるわ」