俺は武器を、防具を、魔道具を作る鍛冶師だ。
 そこには性別も種族も、貴賤も関係ない。
『人のために生きることこそ、鍛冶師の本懐だ』
 父さんが言っていたことは、ずっと俺の心の芯に在った。
 誰かのために役に立つものを作ることこそ、鍛冶師の本懐だ。
 彼女達はまずは武器を一式買っていき、今度は防具を仕立ててほしいと魔物の素材を持ってきた。
 俺は鍛治師なんだが……と思ったが、だからといって断るのなら彼女達を門前払いした鍛冶師共と同類になるような気がしたから、俺は彼女達の要望に応えてオーダーメイドで防具を仕立ててやった。
 当然ながらきっちり寸法も測る必要もあったが、そこは仕事だからな。
 セクハラにならないよう細心の注意を払いながら、プロとして仕事をさせてもらったよ。
 そんなことを繰り返すうちに、気付けばリアム達は俺の店の上客になっており。
 彼女達の名が売れるに連れて、俺は細かい金物以外の武具を仕立てることができるようになった。
「ラック、もしよければ……私達の、専属鍛治師になってくれないか?」
「ああ、もちろんだ」
 どうやら彼女達も比較検討のために色々と見て回ったらしいが、結果的に色眼鏡で見たり好色な目で見てくるようなこともなく、かつ腕が良い俺を選びたいということになったらしい。
 とてもではないが他の武器屋や鍛冶屋では、下着姿などさらせないんだと。
 まぁ無理もないとは思うが、そこをしっかりするのもプロの仕事だろうに。
 とまぁ、そんなわけで俺はリアム達『仮初めの英雄』の専属鍛冶師になったわけだ。
 俺とリアム達は職人と客でしかなかったが、その関係は次第に変わっていくことになる。
 武器と防具というのは最前線で戦い続ける冒険者にとって、何より大切なものだ。
 命の次に大切なそれを預かるパートナーとして、なまなかな仕事などできるわけがない。
 俺は彼女達と共に歩み、己を磨いていった。
『自分のために生きることこそが、鍛冶を何より色づけてくれる』
 父さんの言葉は、やはり何も間違ってはおらず。
 俺は彼女達を利用するような形で、己の理想の鍛冶師を目指すためにその腕を磨き続けた。 だがそれはまた彼女達とて同じ。
 俺達はお互いを利用しあう関係であり、お互いの腕を信じ合う仲間であり、そして同時に切磋琢磨し合うライバルでもあった。
 俺が“技”を磨けば、彼女達は“武”を磨く。
 俺が強力な武具を作り出してみせれば、彼女達はそれを使ってそれを超える武具を作れるだけの素材を揃えてみせる。
 そして二人三脚(正確には五人六脚だが)でハック&スラッシュを続けているうち……気付けば俺と彼女達の見る景色は今までとは違ったものになっていた。
 彼女達を死なせないよう死ぬ気で頑張り続けたおかげで俺の鍛冶の腕はメキメキと上達し、当時はすぐに魔力切れで大して使うこともできなかったエンチャントも、既に鼻歌交じりに使うことができるようになっていた。
 当初は剣や槍の穂先しか打てなかった俺は、既にあらゆる武器を自作できるようになっていたし、エンチャントが達者になったおかげで今では魔道具だろうがなんだろうが大抵のものはクラフトで作ることができるようになっていた。
 だがリアム達も負けてはいない。彼女達『仮初めの英雄』は世界でも五指に満たないSランク冒険者パーティーへと成長しており、とうとう国から正式に勇者として遇されるようになった。
 ただ彼女達が勇者になろうが、俺と彼女達の関係は何一つ変わらない。
 俺達は変わらぬライバルであり、終生の友でもあった。
 彼女達は王から正式に魔王討伐を命じられ、そのために必要なあるものを探すため古代遺跡へと向かった。
「ラック、これなんだが……直せるかい?」
 そうしてリアムに手渡されたのは、芯から朽ちておりほぼ全壊していると言っても過言ではない、一本の剣だった。
 その剣の名は聖剣クラウソラス――かつて滅ぼされたという超大国の建国王が使っていた、魔を誅するための剣だ。
 唯一魔王へ攻撃を可能とするという伝承の伝えられる、由緒正しき聖剣だった。
 詳細な説明は技術的な話になるので、結果だけ伝えよう。
 俺はその剣を、直すことができた。
 そして直すのにあたって必要だったため、古代文明で使われていた魔力文字である神聖文字を扱うことができるようになり、聖剣と同じ技術を流用する形でミラやフェイ、ナージャのための聖武具を作ることもできるようになった。
 彼女達は俺の武具を身につけて魔王の下へ向かい……そして魔王は無事倒された。
 夜も安心して眠れぬ脅威は過ぎ去り、世界は平和に包まれたわけだ。
 それが悪いことだって話じゃない。
 いやむしろ、平和になったのはいいことだろう。
 ただ俺の胸にやってきたのは……虚しさだった。
 魔王を討伐するために作った聖剣。あれを超える作品を作るには、とてつもない研鑽が必要になるはずだ。
 けれど俺の存在は良くも悪くも有名になってしまった。
 リアム達に頼んでいるおかげで流れの鍛治師ラックの名を知っているものはほとんどいない。
 だがそれでも最近は、リアム達を経由する形で俺に大量の鍛冶仕事が降ってくるようになった。
 それに……実はここ最近俺の頭を悩ませている、喫緊の問題があった。
 ――既に俺の技術の向上が、頭打ちになってきていたのだ。
 だが聖剣に記された神聖文字を解読し、魔力情報を読み取ることができるようになったことで新たな可能性が開けた。
 今日もまたこいつを研究して、なんとかして文字を圧縮した古代文明ばりの魔道具を作りたいところだ。
「仕事を終えてからじゃないと手を出せないのがしんどいんだよな……いっそのこと今後一切、仕事は断るか」
 たしかに勇者の側で技術を鍛えたから自分の腕には自信があるが、俺はそれでも流れの鍛冶師に過ぎない。
 俺より腕のいい鍛冶師なんか探せばいくらでもいる。
 それに魔物の被害は今後減っていくだろうから、わざわざ俺が必死こいて頑張る必要はもうないだろう。
「ふぅ、これでさっさと……来客か」
 オーダーメイドのエンチャントを付与した剣をいくつか作ってから仕事に打ち込もうとしていると、店のドアベルが鳴った。
 俺の店は店自体に高度な隠蔽をかけてあり、そこに鍛冶屋があるとしっかり認識できている人間でなければ見つけることができない。
 誰かと思い店に戻ると、そこには店と同じく隠蔽のかかっているローブを身に纏っている女性の姿があった。
 数日ぶりに見る彼女の姿に、先ほどまで感じていた不満など一瞬で吹っ飛んでいってしまう。
 見るのは数日ぶりのはずなのに、まるで何ヶ月もあっていないかのように感じてしまうのは、彼女がやってのけた功績の前に少し気後れがあるからだろうか。
「久しぶりだね――ラック」
 短く切り揃えた金の髪に、意志の強い青の瞳。
 その凜々しさから王都にファンクラブができていると噂の彼女こそ、魔王を倒しこの世界に平和をもたらした勇者リアムだ。