一筋の雷と化したジュリアは、あっという間にエルフの里の近くまでたどり着いてみせた。「お、おろろろろろろろ……」
 そのあまりの乗り心地の悪さに馬車を降りた瞬間に戻してしまったビビと、自分の身体にこっそりと魔法をかけて乗り物酔いしないような魔法を編み出していたナージャが馬車を降りる。
 そこは新緑の森の奥深く。
「それでは私はここから別行動を取らせてもらうぞ! 二人の健闘を祈る!」
 ビビの案内に従い、ジュリアはそのまま魔物を討伐しに向かっていった。
 ビビとナージャはそのまま真っ直ぐ進み、エルフ達が張っているとされる結界の下までたどり着く。
「これは……」
「どう、だろうか……?」
 ビビがナージャを見つめながら尋ねる。
 あのラックの紹介なので何も心配はしていないが、腕がいいからといって必ずしも問題が解決するとは限らない。
「……」
 ナージャは何も言わず、ジッと結界を見て回った。
 この結界は侵入者を拒むタイプの『人避け』と『魔物避け』の効果のこもったものに、更に物理・魔法障壁を組み合わせたタイプのものだ。
 結界の強度的に考えれば、話に聞いていたような普通の魔物が通り抜けられるはずがない。 彼女は触れるように確かめてみたり、自分で出した結界とぶつけてみたりとゆっくりと時間をかけて検分を行い……数十分ほどかけてから、一つの結論を出してみせる。
「この結界は――問題なく作動しています。ですのでこの場合、相手が一枚上手と考えるべきでしょう」
 破られることのない絶対防御の結界も、決して無敵ではない。
 破ることができないのならすり抜けたり、地面を掘って結界の張られていない場所をくぐり抜けたり、あるいは……。
「――来ます。ビビさん、結界をすり抜けていった魔物のお相手をお願いしてもいいでしょうか?」
「ああ、任せてくれ!」
 ナージャは駆けて結界の内側に入っていくビビを見送ってから、じっくりと魔物を観察する。
 やってきたのは鳥形の魔物であるラプターだった。
 ラプターは結界へ向かっていくと……そのまま何事もないかのように、結界を通り抜けて内側へと入っていく。
 実際に侵入の様子をその目で見ることで、ナージャは何が起こっているのかを即座に理解してみせた。
「なるほど……どうやら敵の魔物は、空間の窓を開いています」
「空間の……窓?」
 ラプターをしっかりと仕留め、その魔石をしっかりと回収したビビの問いに、こくりと頷きを返す。
 彼女に対し、ナージャはなるべくわかりやすく言葉を変えて説明を試みる。
「簡単に言うと結界の手前と結界の後ろという二つの空間を繋げ、結界そのものを完全に無視しているのです」
「そんな! つまりどれだけ結界を張り直そうがどうしようもないということか!?」
「いえ、そうではありません。そもそも空間越え事態がある程度高度な術式になりますし……それにこれならまだ、どうとでもなります」
 ナージャは片膝を折り、目を瞑る。
 ――神官が行う奇跡の御業は、魔法とは異なる技術体系によって編み出されている。
 神に真摯に祈り、神から力の一部を譲与されることで発動を可能となる、神の能力の代行行使。
 それらはこう呼ばれる――祝祷術と。
「断絶結界(フォークロア)」
 ナージャが生み出した結界は、ピアノの鍵盤にビロードをかけるように、エルフの里の周囲を覆うように展開されているそれの上に覆い被さっていった。
 淡いオレンジ色の光を宿していた結界が、先ほどまでより強い輝きを宿しはじめる。
「「キョワアアアッッ!!」」
「――なっ!?」
 先ほどの一体は斥候のようなものだったのか、後を追うように大量のラプター達が押し寄せてくる。
「ナージャ殿!」
「大丈夫です」
 ビビの切羽詰まる声を聞いても、彼女は顔に浮かべる微笑を崩さない。
 そしてラプターの群れが結界へと向かい……そのまま嘴の先から結界に激突し、そのまま地面に落下していく。
「……っ!?」
「簡単な話です。空間を繋いで中に入ろうとするのなら……空間そのものを固定させてしまう結界を作ってしまえばいい」
 魔物が使ってくる知恵など、その王である魔王と対峙したナージャからすれば児戯のようなものであった。
「それでは後は、お願いしますね?」
「――ああっ、ここまでお膳立てをしてもらったのだ! ここから先は、任せてくれ!」
 ナージャは結界の内側へ再度入っていくビビの背中を見送る。
 そして念のために結界を強化させ完全に魔物の侵入を拒絶できる状態を作り出してから、外で待機するのだった……。