元々エルフは、俗世との干渉を良しとしていない。
故に彼らはエルフ文字のエンチャントを使って作った魔道具を使い、常に里の外に『人避け』や『魔物避け』の効果のある結界を発動させていた。
故にエルフの里には普通の人間や魔物はたどり着くことができず、害意を持ってエルフに接しようとする者はそもそも結界を抜けることすらできずに永遠に森をさまよい続けることになる。
だがある時を境に、彼らエルフの結界を抜けて、魔物が襲ってくるようになったのだという。
ブレーンらしき大物が奥にいるらしいのだが、臆病な性格だからかエルフ達の前に姿を現すことはなかった。
統率された動きを取る魔物達によって沢山のエルフが傷つき、今も苦しんでいるという。 エルフ達は何度も挑もうとしたのが、魔物達が結界を抜けてくるというのがなかなかに厄介だった。
下手に相手を責めようとすればこちらの防御がおろそかになってしまう。
そして狡猾な魔物達はその隙を逃さず、戦闘力を持たないエルフ達を狙ってくるだろう。
里にいる怪我人やまだ未来ある年若いエルフ達のことを捨て置けることができず、エルフ達は動くことができていないのだという。
その現状を変えるために、ビビさんはやって来た。
かつて自分達を高級奴隷として売り払った人間に色々と思うところはあるが、今ばかりは業腹を抑えて人の力を借りなければなるまい……と。
「なるほど……つまり結界がなんとかなればいいわけですね」
「ああ、自慢ではないがエルフは皆が強力な魔法の使い手だ。結界さえなんとかできれば、魔物も倒すことができると思うのだが……」
話を聞きながらも、俺は高速で頭を回転させていた。
結界にほころびがあるとしても、俺が行ってすぐに直すことができるかどうかは正直微妙だ。
そもそもエルフ文字のエンチャントがどういうものなのかもわからないし、それを勉強しようとしている間に事態が悪化してしまえば目も当てられない。
それならとりあえず魔物にこれ以上好き勝ってされないように俺が改めてクラフトで結界を張り直すという手もあるが……俺のクラフトの腕はそう大したものではない。
その魔物がどうやって結界を通り抜けてきているかわからない以上、俺がなんとかできると楽観的に捉えるのは良くないだろう。
となると取られる手は限られてくる。
その中で最も確実な手はというと……。
「わかった、人間側の戦力には俺が話を通しておきましょう。確認だが、魔物が結界を通さないようなんとかすればいいんですね?」
「あ、ああ……ありがとう……」
困った時はお互い様だ。
それに山を隔てているとはいえ、エルフの人たちとはお隣様ということになる。
彼らが困っているのなら、手助けをするのは当然のことだ。
それに、善意だけではなくてわずかばかりの打算もある。
もしかするとこれを機に……エルフの魔力文字を学ぶこともできるかもしれない。
エルフの魔力文字は人と同じなのかもしれないけど、もし違うものだとしたら……俺は鍛冶師として、また一歩高みに上ることができるはずだ。
「……もう二つほどお願いをしてもいいだろうか?」
頷くと、ビビさんがおずおずと続ける。
「もし良ければ、武器を融通してほしい……恥ずかしながらここに来るまでに、武器を駄目にしてしまってな。も、もちろん金は用意させてもらうからそこは安心してくれ」
なんだ、そんなことか。
何を言われるかとちょっとビビってたが、それくらいならおやすいご用だ。
なんたって俺は……
「鍛冶師ですから、任せてください。もう一つは?」
「私のことは気安く、ビビと呼んでくれ。恩人に敬語を使わせるような恩知らずにはなりたくない」
「――ああ、わかったよ……ビビ」
こうして俺はビビと一緒に、一度山を下りることになった。
そこで一通の文をしたためる予定だ。
その宛て先は――エンポルド子爵家。
『仮初めの英雄』のメンバーの一人……あらゆる神聖魔法を使いこなすことのできるナージャが治めている領地である。