「行きは急いで来たからあんまり気付かなかったが……かなり広いな……」
 ジルの先導に従いながら、シュリと一緒に山の中を探索する。
 一応今回の目的は食べられる野草やフルーツの採取だ。
 何か食えるものがあるといいんだが……と思い歩いていると、あるわあるわ。
 ヨモギのような野草から野いちごのようなフルーツまで、実に沢山の食料が見つかる。
 特にフルーツの方はかなり潤沢で、ミカンやザクロまであった。
 よく野生動物に食い荒らされてないものだ……。
 魔物は基本的に魔力の籠もっているものしか食べることはない。
 恐らく野生動物が魔物に食べられてしまっているせいで、自然がほとんど手つかずの状態で残っているんだろう。
「にしても魔物に遭遇しないな……」
「ジルさんがいるので、当然のことだと思います」
 『魔物避け』の魔道具は動かすと効果をなくすタイプのものなので使っていないんだが、さっきから魔物の尻尾すら見えてはこない。
 先ほどからなんとなく魔物がいる感覚はあるんだが、こちらが近付く前にどいつもこいつも遠くへ行ってしまうのだ。
 どうやらここジルが暴れ回ったのがかなり効いているらしい。
 本来であれば闘争心が強いはずの魔物もまったくやってこないとは……一体どれだけ暴れ回ったんだ、こいつは。
「わふっ」
 安全に採取ができるから俺達としては問題ないんだが……ジルの方はどこか不満げだ。
 なだめながら、とりあえず買った山を回っていく。
「思ってたより広いな……これなら採取に関しては、わざわざ隣の山まで出る必要もないかもしれん」
 少なくとも、一日で回りきれるような広さではない。
 ただ長期的に見たら別の山に行く必要はあるだろう。
 幸い王国では、現地の狩人や村人がいない限り狩猟権や採取権なんかは問題はない。
 人の手が入っていない場所である以上、俺が自由に取ってしまっても問題はないだろう。
「こっちにはクワの実がありますよ!」
「こっちにはラズベリーだ。」
「……(すんすん)」
 『収納鞄』に十分な量の採取した食料を入れ、そろそろ帰るかと言い出そうとしたタイミングで、先ほどまで楽しそうにクランベリーを収穫していたシュリが鼻を動かした。
「……匂いがします」
「敵か?」
「いえ……焦げ臭いです。多分炊事の匂いかと」
 彼女の先導に従って、森の中を歩いていく。
 ジルは少し後ろをハイド&シークをしながらついてきていて、俺とシュリを見てやってきた魔物達を的確に捉えていた。
 本気を出したジルの隠密は凄まじく、かなりの距離に近付かれないとそもそもその存在にも気付けない。
 こいつがこれだけ魔物から避けられていても大量の素材を持ってくるのには、こういうカラクリがあったのか。
 シュリの足が止まる。
 足下を見ればそこには……たしかに人が焚き火をした後の痕跡が残っていた。
「……匂いはここで途切れてる。多分、風魔法で匂いを散らしたんだ」
 どうやら向こうもかなりのやり手のようで、しっかり痕跡は消していたらしい。
 足跡も土魔法で消す徹底ぶりで、これではとても追跡はできそうにない。
 炊事の匂いを辿ることができたシュリのような子がいなければ、見つけることすらできなかったはずだ。
「現地住民……なのか? 少なくともここには誰も住んでいないって聞いてるんだが……」
「ラックさん、もしかすると……この人は、南から来たんじゃないでしょうか?」
「南、か……」
 このアレルドゥリア山脈によって隔てられた更に南側。
 そこにはエルフやドワーフ達の暮らす亜人の領域がある……と話には聞いたことがある。
 けれど少なくとも俺は今までの人生で一度もエルフもドワーフも見たことがない。
 なのでどこか現実味がないというか……都市伝説なんかの類だとばかり思っていた。
「エルフにドワーフ……本当にいるんだろうか?」
「いますよ?」
「……え?」
「えっ?」
 気付けば見つめ合うシュリと俺。
 シュリの顔がぼふっと真っ赤になる。
 けれど彼女の変調に思いを馳せる余裕は、今の俺にはなかった。
「シュリは会ったことあるのか?」
「えっと……はい。私は族長の父さんに連れられて色々と各地を回る機会が多かったので……エルフの方とは一度会ったことがあります」
 なんと……そうだったのか。
 一人で引きこもって鍛冶ばかりしていると、どうしても世情に疎くなってしまう。
 なんだか世の中に置いていかれてしまった気分になってくる。
「それならエルフかドワーフが、わざわざアレルドゥリア山脈まで来ているってことか?」「はい、ただ山脈の南の方もかなりの危険地帯らしいので……かなりの実力者ではあるのかと」
 そんな人物がわざわざこちらにやってきているとなると……どんな事情があるにせよ、とにかく警戒しておかないといけないな。
「それならジルも家から出さない方がいいか?」
「う゛ぉふ」
 目を細めながら嫌そうな顔をされるが、これはわりと深刻な問題だ。
 もしジルが普通に狩られてしまうとなれば、さすがに表に出すわけにはいかなくなる。  多少窮屈に思われようが、家の中にいてもらわなければならないだろう。
「あ、それは大丈夫だと思います。人種が亜人と呼んでいる我々獣人やエルフ、ドワーフ達は多神教ですので。エルフの森林信仰やドワーフの山岳信仰では、守護獣様はきちんとした扱いを受けることができるはずです。むしろ私達の方が危ないかもしれません。ドワーフはまだマシですが、エルフはかなり排他的ですので……」
 なるほどな……それなら家の警戒網はしっかりしておいた方が良さそうだ。
 警戒用の魔道具、いくつか作っておくか……。
「それならジル、明日からはちょっと遠出して別の山や麓の先に続いている森あたりまで向かってくれるか? もし不審な人物を見つけたら、連れて来てくれると助かる」
「わふ」
 別に頼んだわけではないのだが、ジルは俺の山暮らしが快適にいくようにわざと狩りの範囲をこの山の中に限定してくれている節がある。
 それだと窮屈だろうし、どうせならこの機会にもっと広い範囲を動いてもらうことにしよう。
「あんあん、あおーんっ!」
 どうやらかなり気合いが入っているようで、何度か鳴いたかと思うと急に遠吠えまで上げていた。これだけやる気があるなら問題はないだろう。
 ただ、無理はしすぎないようにな。
 というわけで俺達はいつもより少しだけ気をつけるようにしながら、日々の生活を送ることにした。
 ただ、事態の進展は想像以上に早かった。
 俺が警戒用に魔道具を作り終えたタイミングを見計らったかのように、ジルが一人の来客を連れて来たからだ。
 小屋にやってきたのは――。
「失礼する……。む、貴殿は、人間……か?」
 恐ろしいほどに容姿の整った金髪碧眼のエルフだった――。