「きゃあああああああああっっ!!」
突如として聞こえてきた叫び声に思わず飛び起きる。
外を見ると日が昇ったばかりのようだった。
すわ敵襲かと思い、迎撃のための武器を手に、そのまま声のしたリビングの方へと走って行く。
「大丈夫か、シュリッ!!」
中へ入るとそこにはあわあわとしているシュリの姿がいるだけで、少なくとも魔物や盗賊の類の姿はない。
ホッとしながら武器を下ろすと、シュリは相変わらずあわあわとしていた。
「す、すみませんラックさん、これ……」
シュリが指差す先を見て、俺は彼女がなぜ叫んだのかを理解した。
そこには――切った肉ごと真っ二つになったまな板があった。
「ちょ、調理しようとしたらまな板ごと切れちゃいまして……」
「ああ、そうか……包丁の切れ味について、もうちょっときちんと説明しておくべきだったな」
これは間違いなく俺の落ち度だ。まな板を上げて見れば、調理場に使われているステンレスにも深い切り込みができてしまっている。
「と、とにかく弁償を……」
「いや大丈夫。これくらいならすぐに直せるよ」
まな板の方はただの木材なので無理だが、台所の方はステンレス製なのでどうとでもなりそうだ。
情報展開を使い、ステンレスの魔力情報を弄っていく。
いくつか動かしても問題なさそうな配列を動かし、新たに上書きしていく。
パパッと使うために中期文明の魔力文字を使って、『自動修復』の効果をつけることにした。
すると先ほどまでついていた亀裂が徐々に、目に見える速度で小さくなり始めた。
「す、すごい……すごいです、ラックさん!」
「お、おお、そうか……」
ものすごい食いつきように、俺の方がびっくりしてしまう。
シュリは目をキラキラと輝かせながら、痕が消え元通りになったキッチンを見つめていた。「ラックさんのクラフト、初めて見ました!」
「あ、ああ……そうだったっけ?」
「はい! やっぱりラックさんはクラフトも一流なんですね!」
「はは、ありがとう」
俺自身クラフトに関しては人並み程度だと思っているが……さすがに褒められて悪い気はしない。
「ちょっと切れ味を良くしすぎたかもしれないな……金属のまな板だと味が移るだろうし、別の包丁にしようか?」
「い、いえ、切れ味が抜群なのはいいことですから! 事前にわかっていればどうとでもなりますので!」
そう言うとシュリは新たに取り出したまな板の上で、ものすごい勢いで肉を切り始めた。
彼女は五ミリ程度のかなりの薄切りを高速で行っているが、まな板には傷一つついていない。
どうやらしっかりと斬撃の範囲を見極め、まな板に傷がつく寸前で引き上げているようだ。 高い動体視力と鋭い勘を持つ彼女だからこそできる芸当だろう。
「まったく抵抗がないので他の包丁を使うのがちょっと怖いですけど……ものすごい切れ味です」
「ああ、この包丁は切れ味特化で作らせてもらった。ちょっと俺の想像以上に切れすぎてびっくりしてるけどな……」
「え、この包丁……ラックさんが作ったんですか? てっきりアーティファクトか何かかと……」
アーティファクトとは、ざっくり言うと古代文明の遺跡から掘り出された魔道具のことだ。 この包丁は一応神聖文字と古代魔族文字を使って作った、いわば現代に蘇らせた古代技術を使って作られた逸品だから、当たらずとも遠からずってところではあるんだが。
「しっかし……うーん、包丁につけるには少しやりすぎだったかもしれないな」
「ち、ちなみにどんな効果がついてるんですか?」
「『絶対切断』だな」
「……ぜ、絶対切断?」
「ああ、霊体だろうが空間だろうが理論上は切り裂くことのできる、絶対の攻撃能力だな」「な、なんて効果を包丁につけてるんですか!」
つけられる効果のうち一番難度が高いものに挑戦したんだが……どうやらやりすぎだったらしい。
ただ鍛冶をするとただひたすらに良いものを作ろうとして、一切妥協できない質だから、こればっかりはどうしようもない。
切れ味を強化するだけだと普通に筋張った肉とか斬りづらいから、わりと有用だと思うんだけどな。
何事も、過ぎたるは及ばざるがごとしということなのだろうか……。
「なんだか聞くのがちょっと怖くなってきたんですけど……もしかしてこのお鍋や解体ナイフやフライパンも……?」
「ああ、鍋は一瞬でどんなものでも煮込むことができるよう『圧壊』のエンチャントを、フライパンにはどんな火力でも焦げ付かないように『概念防御』のエンチャントをつけている。ただ解体ナイフの方は……すまん。これは試しに魔鉄で作った試作品だから『斬撃強化』や『不壊』・『腕力強化』のような普通のエンチャントしかつけてないんだ……」
「私今、何を謝られてるんですか!?」
『概念防御』のエンチャントを作り上げること自体はできたんだが、これに熱だけを上手いこと通すようにするのが難関だった……ただおかげで『概念防御』をすり抜けるための魔力情報を見つけることができたから、結果オーライと言える。
今の俺なら、魔王が持っていた障壁や結界を以前よりほどよほど簡単に貫ける武器が作れるだろうな。
ちょっとやり過ぎな気もしたが……やはり普段から使うものに関しては、鍛治師として一切の妥協はできない。
身の回りの金属製のものくらいは、全てワンオフの一級品で揃えておきたいというのが鍛冶師心というのものだ。
「それじゃあ煮込んで……うわっ、本当に一瞬でお肉がほろほろに!!」
シュリには是非とも、この器具達を使いこなしてもらえたらと思う。