俺は胸に感じる圧迫感から思わず目を覚ます。
 妙に重たいな……ジルか? こいつ、案外寂しがり屋だからな……。
「ううーん……」
 温かい体温を感じたので、目の前にいる何かを撫でてやる。
 すると……。
「ひゃんっ!?」
 妙にかわいらしい声が出てきたので思わず身体がびくっと動いてしまった。
 もふもふ……ではあるが、なんだかいつもと毛並みが違うような……?
「ふわあぁ……」
 なでりなでり。ジルにしては妙にもふもふも足りない感触をしっかりと味わっているうちに……むにっと手が何かやわらかいものに当たる。
 ここにきて俺は、流石に違和感を覚えた。
 いくら肉球にしてもやわらかいし……それに大きすぎる。
 目を開けると、そこには――。
「きゅう……」
 なぜか顔を真っ赤にしながらこちらに倒れ込んでくる女の子の姿があった。
 ……って、女の子!?
「ジル、まさかお前擬人化したのか!?」
 びっくりしながら起き上がると、眠っている女の子の後ろにはごろりと横になっているジルがいた。
 そして薄く目を開けると……。
「ばふ」
 馬鹿言ってんじゃないのという感じでたしなめると、またすぐに目を閉じた。
 てっきりジルが女の子になったのかと思ったがどうやら違うらしい。だとしたらこの子は一体……?
 眠っているのをいいことに、観察してみる。
 まず一番目が行くのは、ぴょこんと伸びている獣耳だ。
 犬のようにもふもふっとした茶色い耳が出ているが、それ以外は普通の人間となんら変わらない。
 そしてどうしても目がいってしまうのは、そのたわわに実った双球だ。
 もしかすると先ほど感じたやわらかい感触は……いや、これ以上考えるのはやめておこう。(なるほど、獣人か……なんで獣人の女の子が俺のベッドに入ってるんだ?)
 頭が軽くパニックになりつつあるので、一旦情報を整理することにした。
 獣人は亜人の一種だ。
 魔法を使うことができないが高い身体能力を持つ、肉弾戦に特化した種族である。
 一応王国にもある程度の数は多いが、人里に降りてきて人間達と暮らすというより、どちらかというと集落を作って王国の外れの方で狩猟生活を続けている者達の方が多い。
 当然ながら俺も獣人には何人も知り合いがいる。
 だが少なくともこんな風に発育の良い女の子はいなかったような……。
「でも、どこかで見たことがある気がするんだよな……」
 顔を近づけてじいっと見つめていると、びっくりするくらい長いまつげがふるふると震える。
 そして女の子がゆっくりと目を開けて……二人の視線が交差した。
「ラ、ラックさん! おはようございます!」
「あ、ああ、おはよう……」
 目を開け、しゅたっと起き上がった姿を見て、俺はようやく彼女が誰なのかがわかった。
「もしかして……シュリか?」
「はいっ、ラックさんのシュリです」
「俺が所有した記憶は一度もないんだが……」
 彼女の名前はシュリ。
 以前俺が冒険者として活動しながら素材を集めていた頃、ヨリノという獣人族の里で出会った女の子だ。族長の娘で、当時はお嫁さんになってあげると言われた記憶がある。
 あれは何年前のことだったか……年は取りたくないもんだ。
「にしても大きくなったなぁ。前は、そうだなぁ……このくらいじゃなかったか?」
「そ、そんなちっちゃくなかったですよ!」
 俺がふざけて膝丈のあたりを差すと、ぷんすかと怒られてしまった。
 流石に膝丈は冗談だが、今より二回りは小さかったはずだ。
 獣人は成長が早いとはいえ……大きくなったなぁ。
 子を持つ親の気持ちが少しだけわかった気がした。
 俺も負けないようにしなくちゃいけないな(一体何にだろう? 自分で言っててわけがわからなくなってきた)。
「里に呼んだ奴らは元気にやってるか?」
「はい、技師の方からお金がもらえるようになったおかげで、里の皆も美味しいご飯を食べれてます!」
「そっか、それなら何よりだ」
 原始的な暮らしを良しとする獣人達の技術は、俺達純粋な人種と比べるとまだまだ低い。
 ただヨリノの里には、加工技術のない彼らからするとガラクタ同然で持て余してしまうが、人間からすると同量の銀にも匹敵するほどの特殊な宝石の産出する山があった。
 それを風の噂で聞きつけた盗賊達に目をつけられていたところを、山にテーブルに使う鉱物を探しに来ていた俺が出会い、助けたのだ。
 盗賊達は縄でふん縛り、俺はそのまま近くの街に降りて領主と直談判をした。
 そしてあちこちの伝手を使い、領主もヨリノの里の住民達もどちらも得をする形で採掘の段取りをつけてあげたのだ。
 おかげで今のヨリノは発掘が盛んになり、近くの街の方でも宝石の加工業が盛んになり、両者ウィンウィンの関係を築くことができているという。
 そのせいでいたく感謝されたのは覚えているが……それとシュリがここにいることが、俺の中ではまったく繋がらないんだが。
「というかそもそもどうやって来たんだ?」
「あ、匂いを辿ってきました。ラックさんの服が家に残ってましたので」
「お、おう、そうか……」
 身体能力同様、獣人の五感もまた人間のそれよりはるかに優れている。
 ただいくら獣人とはいえ、こんな人里離れた山まで追ってこれるような感知能力はなかったはずだ。
 どうやらシュリの嗅覚はものすごく鋭敏らしい。
「で、シュリは何しにきたんだ?」
「はい! ラックさんのお嫁さんになりに来ました」
「ぶーーーーーっっ!!」
 思わず噴き出してしまった。
 が、それも無理もないことだろう。
 たしかに俺も子供の言葉だからと『その時を楽しみにしてるね』的なことを言った気がするけど……まさかそんな口約束を本気にして追ってこられるとか誰が想像できる?
「――と、いうのは冗談で」
「ほっ……」
「ラックさんのお手伝いをするためにきました!」
 どうやら里の生活は相当に豊かになっているらしい。
 里の住人達は飢えることなく食料を買い込み、今まで行っていた労働の時間を鍛錬や狩りをする時間に変えて鍛錬の日々を送っているらしい。
 ちなみにこんな風に獣人達の文化は、かなり体育会系だったりする。
 強いやつには従うというシンプルにして絶対的なルールが存在するため、族長の言うことには誰も逆らわないのだ。
 そんな風に里で絶対の命令権を持っている族長さんは、里の状況を劇的に改善してくれた俺に対してきちんとしたお礼ができていないのが悔しかったらしい。
「我らのために頑張ってくれたラック殿に恩返しをしてくるのだ!」
 恩を返さない恥知らずにはなれないと、彼の命令の下俺の手助けになる人員を出すことになり。
 それにシュリが立候補し、俺のところまでやってきたというのが真相のようだ。
「なるほど……」
 あの時も結構歓待してもらっていたから、俺としてはそれで貸し借りなしだと思っていたが……どうやら族長は思っていた以上に義理堅い人物のようだ。
「なんでも言いつけてください! 使いっ走りでも狩りでも……その、よ、夜伽でも……」「よ、夜伽!? そんなことさせないって!」
 前に会った時はただの子供だったが、今のシュリは成長して立派な美少女になっている。
 そんな子にこんなことを言われれば、そりゃあ平静ではいられない。
 たしかに将来美人になりそうだとは思ってたけど……まさか想像を超えてくるとはな。
「最低でも一年……いや二年はいさせてください!」
 シュリの決意は固かった。
 てこでも動かない様子なので、とりあえず部屋を貸すしかなさそうだ。
 一応部屋は余っているからそこを使ってもらうとして……家具は先住人のものを使ってもらうか。流石にもうワンセット作るのはちょっと面倒だし。
 まさか美少女獣人と一緒に暮らすとは想定していなかったが……たしかに一人でずっと山ごもりをしているのも精神衛生上良くないとは思っていた。
 せっかくなのでお言葉に甘えて、家政婦というか話し相手というか、まぁそんな感じのゆるっとしたポジションで一緒に暮らしてもらうことにしよう。
「それならとりあえず同居人の紹介をしないとな」
「同居人……ですか? ――ハッ!? もしかしてラックさん、既につがいが……」
「いやいやいや、今シュリの後ろにいるやつだよ。同居人というか……同居狼?」
「わふ」
 どうやら目が覚めたのか、まぶたをしぱしぱとさせながらジルが大きなあくびをする。
 それを見たシュリは……なぜか固まっていた。
「え、う、嘘……」
「もしかして、知ってるのか?」
 道中冒険者ギルドに寄った時に職員達に聞いて回ったんだが、ジルの正体は終ぞわからなかった。
 新種の魔物なんだろうと思っていたが……シュリの様子を見ると、どうやら彼女は知っていそうだ。
「は、ははあぁっっっ!!」
 何をするかと思えば――シュリは突然土下座をして、頭を下げた。
 それを見たジルがこちらを見て、どうすんのこれという瞳でこちらを見てくる。
 そんな目をされても……俺にも何がなんだか……。