「よしっ、元気出た!」
 死んだように眠ることしばし、完全に復活。
 見れば外からは眩しい太陽の光が差し込んでいて、気分も明るくなってくる。
 ちなみに目覚めると、寝袋に覆い被さるような形でジルが眠っていた。
 何日も洗ったりブラッシングをしていなかったので、毛並みはゴワゴワで、かなり獣臭かった……ジルをなんとかするための魔道具も作らなくちゃいけないな。
 やることは沢山あるが、それを作るための生産拠点は既に作っている。
 まずは必要なことから始めていこう。
「生産拠点を作ったんだから、次は生活拠点だよな」
 買った寝袋はかなり上等なものだったはずなんだが、ベッドで眠った後だとやはり寝苦しさを感じてしまった。
 ジルが狩ってくれた魔物の素材は幸い大量に余っている。
 せっかくだし、使えるところはこいつを使っていこう。
 一日の質は睡眠で決まる、というわけでまずはベッド作りから始めていこう。
 まずはマットレスの下に置く木枠部分からだ。
 こいつはジルが取ってきてくれているトレントの素材を使わせてもらうことにする。
 サイズは……シングルだと少し小さいか。
 あまり大きすぎると部屋を圧迫してしまうので、ここはセミダブルにさせてもらうことにしよう。
「ほい、接合っと」
 接合を使い、木材同士を一つに合体させていく。
 こうしてしまえば釘いらずで、最初からくっついているかのようにぴったりと寸法も合う。 あっという間に四角い基礎部分を作ることができた。
「マットレスもサクサク自作していくか」
 マジックバッグをひっくり返すようにして、弾力性のある素材を探していく。
 指で押し込んで試してみた結果、一つだけ押し込んだ指の後がしっかり残るほどの低反発の素材があった。
 どうやら巨大な魔物の表皮らしい。
 表面は妙にぬらぬらとした光沢がある。見た目をたとえるなら……白い巨大ウナギ、だろうか。
 いや、これ多分蛇だな。
 目がないってことは、普段は地中で活動している魔物なのだろう。
 森の中にこんな魔物がいたのかと驚きつつ、皮を水魔法で洗い、続けて風魔法と土魔法で乾かしていく。
 少し縮んだ皮を重ねて折っていくと、都合五匹分ほども束ねるとセミダブルのベッドを作れるくらいの高さと大きさになった(ちなみに当然ながら、接合を使って一つにまとめ済みだ)。
 続いて皮のなめし作業に入る。
 といっても、エンチャントを使ってしまえばさほど時間はかからない。
 いちから薬品を使って皮の処理からやっていけば魔力容量を圧迫せずできるわけだが……ぶっちゃけた話、俺はクラフトに関してはあまりこだわりがない。
 本気を出すのは鍛冶分野と決めている分、普通の物作りに関してはさほど関心がないのだ。 今回作る家具類も、金物以外はちゃっちゃと作ってしまうつもりである。
「魔力素描っと」
 マットレスとして使うぶよぶよとした蛇皮に魔力文字をちゃっちゃと書き込んでいく。
 古代の文字を使うのは疲れるし頭を使うので、手なりで書ける現代文字を使っていく。
 俺が皮に書き込んだのは『柔軟化』・『殺菌』、そして『合一化』だ。
 ちょっと固すぎかもと思ったので『柔軟化』を使い適度な弾力に変え、『殺菌』を使うことで皮に残っているであろう雑菌類を消した。
 そして『合一化』を使い、これらの皮を完全に一つの弾力性のある素材の塊にまとめ上げていく。
 すると光が収まると、なんだかぶよっとしたウォーターベッドのような何かができあがった。
 これをあらかじめ買っておいた大きめのシーツで覆えば、そこには弾力性のあるベッドが現れる。
「よっと……もうちょい固い方がいいかな」
 魔力文字を消しエンチャントとして成立する魔力情報を穴抜けにすれば、魔法効果は打ち消すことができる。
 本来の弾力性を取り戻したマットレスに、今度は先ほどまでより弱めに『柔軟化』を使うと、沈み込んでも腰が痛くならなそうな固めのマットレスができあがってくれた。
 横になってみると、弾力は問題ない。
 ただ匂いを消すのを忘れていたので、『殺菌』で消し切れていない獣臭さが残っていた。
 マジックバッグからアロマディフューザーを取り出し、魔道具のスイッチを入れる。
 するとあっという間に風魔法によって匂いが拡散され、寝室の中がゼラニウムのスッとする香りで満たされた。
 以前ミラにせがまれて作られた時は何に使うんだよと思ってたが……なるほど、獣臭さを消すために使えばいいのか。
 こいつはきっと、食べ物で言うところの臭み消しのようなものなんだろう。
 続いて毛布の製作に移っていく。
 取り出すのは、とんでもなく大きな鳥の素材だ。
 ぶちぶちと羽根をむしり、大きな毛玉を作っていく。
 今度は同じミスをしないよう乾燥させ、殺菌してからアロマで匂いをつけ、その後でじゃんじゃか四角く成形した袋の中に詰めていく。
 二羽分も使うと、十分にもこもこな毛布ができた。
 都合一時間ほどでベッドが完成する。
 ベッドに横になり、毛布をかけてみた。
「……うん、悪くない」
 少なくともこの家に元々あったベッドよりはいいものができている。
 同じ要領で他にもいくつか家具を作っていく。
 トレント材はジルが獲ってきた分以外にも用意してあったので、タンスやクローゼットなんかを作っていき、配置を決めたら床にカーペットを敷く。
 これで俺の部屋は完成だ。
 時間を見るとそろそろ午後一時になりそうな感じだった。
 朝を食べたのが遅めだったからか、まだ昼飯を食べたいと思うほど腹が減っていない。
「……せっかくだし、寝心地を確かめるか」
 昼寝をするためにベッドに入る。
 背中越しに感じる確かな弾力に、俺はあっという間に夢の世界に落ちていくのだった……。
 昼寝から目覚めると、午後三時になっていた。
 遅めの昼食をするのにはちょうどいい頃合いだ。
 いつものように肉を食い終えてから、小屋の中を軽く見て回る。
 必要最低限の家具は揃えたし……次は小物を作っていくか。
 数日間の山暮らしで、いくつかわかったことがある。
 それはこの山に生息している魔物の量が、とんでもないということ。そしてジルはそんな魔物達を、きっちりと狩ることができるということだ。
 そこで一つ、問題がある。
 ――俺がクラフトをして使う素材の量が、ジルが狩ってくる魔物の量にまったくもって追いついていないのだ。
 これでは早晩、マジックバッグの中がパンパンになってしまう。
 更に言えばマジックバッグの中に入っている素材も、そう遠くないうちに駄目になってしまう。
 その問題を解決すべく、俺は動き出すことにした。
 今日中に作成を目指すのは――収納した物の時間を遅らせることのできる機能を持ったマジックバッグだ。
 複数の機能を持つマジックバッグとなると、ある程度素材の質も必要になってくる。
 接合をすれば魔力容量を増やせるとは言っても、素材本来の持つ魔力容量が一番大切なことには変わりがないからだ。
 ジルが狩ってきた魔物達の中で吟味した結果、あらゆる魔法を使いこなすレインボーリザードの喉袋を使うことにした。
 いつものように接合して形を整えてから、魔力素描に入る。
「……魔力容量がかなり多いな、これなら接合せずにいけそうだ」
 情報を圧縮してなるべく容量を圧迫することがないよう、古代魔族文字と神聖文字を組み合わせて使いながら魔力素描を行っていく。
 『空間拡張』のために必要な文字量はかなり多いため、下手に別の文意ができあがらないよう何度も確認をしながら魔力文字を記していく。
 じっとりと汗を掻きながら文字とにらめっこを続けることしばし……ようやくエンチャントが終わる。
 しかしこれではただ、普通のマジックバッグを作っただけだ。
 肝心なのは、むしろここから先。
 収納したものの時間を止める、あるいは遅延させる効果をつけるために必要な魔力文字を見つけ出さなければならない。
 ただ何も手がかりがないわけではない。
 現代の魔力文字にも同じ中空に物体を留める『滞空』のエンチャントがある。
 そこにある魔力文字から『留める』という意味の魔力文字を割り出し、これを古代魔族文字に翻訳してやればいいだけだ。
 魔法文明はどれだけ時間的な断絶があろうと、地続きになっている。
 そのため翻訳に時間はかかるが、ヒントさえあれば答えを見つけ出すまでに時間はかからない。
 エンチャントを見つけ出すためにはトライアンドエラーが必要不可欠だ。
 ジルが持ってきた素材の中で今後も使わなそうな素材に下書きをして試していく。
 予想もしていなかった別の効果が発動したり、あるいは純粋に文意が破綻することで爆発したり……数々の素材を駄目にしてしまう中で、見つけた規則性をきっちりと頭の中に覚えていき、リストを作っていく。
 試行錯誤を繰り返しては小休止を取るということを続けると、日が暮れて夜になった頃にようやく時を留める――『時間滞留』のエンチャントを見つけ出すことができた。
 あとはこいつをマジックバッグにつけていけばいいだけだ。
 ただかなり魔力容量を食うため、『飽和』ギリギリまで接合をしてなんとか……ってところだろうか。
 これなら多少無理をしてでも、鍛造した金属の箱にでも込めた方が性能は良くなりそうだ。 魔物素材とは違って、魔力含有金属ならまた別のやり方もできるからな。
 大分苦労して、なんとか『時間滞留』つきのマジックバッグを作ることに成功する。
 一度やり方を覚えれば後は流れ作業でいけるので、とりあえず当座の分の五つほど作っていく。
 やっている最中により効率的な魔力文字の書き方に気付けたおかげで、後になればなるほど入れられる容量も多くなってきた。
 最後に作ったマジックバッグは、軽くこの小屋を超える容量が入る。
 今回はソート機能を作るまで手が回らなかったが、まあ上出来だろう。
 我ながら記憶力は良い方なので、一度見れば素材の場所は忘れないし。
 一仕事終えた俺は、グッと背を伸ばしながら外を見る。
 見えるのは朝日だった。
 もう一日経ったのか……と思ったが、飯を食べた回数から考えると二日は経っていそうだ。 そのあたりが曖昧な俺の、相変わらずの自己管理の甘さよ……。
 弟子でもいればまた話は違ったんだろうが……趣味に生きる独身男の生活なんて、まぁこんなもんだわな。
「ただこれで、とりあえず素材を腐らせずに済むようになったぞ」
 一日しっかりと休んで英気を養ったら、明日は家の魔力文字を弄って強化を施すことにしよう。ただそれだけだと時間が余るから……そうだ、せっかくだし山の散策でもしに行くか。 いい加減肉ばかりを食べる生活にも飽きたし、野草の類を探しに行ってもいいだろう。
 話に聞いたところによると近くに川も流れているらしいから、渓流で釣りをするのも乙かもしれないな。