腹が減ったと思ったら調理場へ向かい、とりあえず腹を溜めたら作業を再開する。
そんなことを数度ほど繰り返すと、ようやく作業部屋の中をしっかりと整えることができた。
ここで暮らしていた鍛冶師はかなり余裕を見て設定をしていたらしく、事前に用意していた素材を使い切るだけだとまだ余裕があった。
そのせいでいくつか追加で素材を使ってしまったが……おかげで満足のいく出来になった。 エンチャントを発揮させ十を超える効果を発揮させる炉を確認し、次にそのまま鍛造を始めとする各種作業を行える作業場を見やる。
「うん、これなら古代魔族文字が暴発しても、壊れずに済みそうだ」
いくつもの魔法効果をかけてとにかく頑丈に作ったため、中で何があっても小屋はびくともしなくなった。
ただそのせいで俺の身はその限りではないけれど……完全防備でしっかりと作業をすれば問題はない。
「ふうぅぅ~~っ」
ぐぐっと両腕と背を伸ばすと、なんとも情けない声が出た。
何日も同じ姿勢で作業をしていたせいで身体がバキバキだ。
「目もしぱしぱするな……」
明らかに眼精疲労だとわかったので、ポケットの中から目薬を取りだし、両目に一滴ずつ点眼する。
目薬は長時間光を直視することの多い鍛冶師には、目薬は必須アイテムだ。
特に古代魔族文字を扱う俺の場合、目がかすんで文字を打ち込み間違えたりしたらとんでもないことになるからな。
ちなみに使っているのは、俺手製のポーションを点眼用に調整したものだ。
ヨル草やディミトリ草などのかなり値の張る薬草を惜しみなく使っているおかげで、瞑っている目の内側で物凄い勢いで眼神経が修復されていくのがわかる。
これ一瓶で金貨数枚が飛ぶほどのものではあるが、何分身体が資本なのでまったく惜しくはない。
「とりあえずこのまま鍛冶に入ってもいいんだけど……」
軽く首を回し、軽く身体を動かし、そのまま頭の回転を確認する。
普段より明らかに色々と鈍くなっている。
ゼロイチではない接合なら利いた無理も、自分で手ずから作るのなら利きづらい。
しっかりと身体を休め、万全の状態であたるべきだろう。
「飯食ったら……寝るか」
寝ても覚めても作業のことばかり考えたせいで、ここ数日の間の記憶がない。
というか、経っているのが一日なのか十日なのかすらわからなかった。
何かに没頭するということは、何かを失うということでもあるのだ……気取って言ってみたが、格好はつかないな。
時間と体調の管理は職人としては当然のことだ。
気をつけなくちゃいけないとわかってはいるんだけど、これがなかなか難しい。
とりあえず飯を食うかと作業部屋を出ると、そこにジルの姿はなかった。
「めちゃくちゃ大量に素材が入ってる……」
リビングの隅の方に置かれていたマジックバッグには、既に中がパンッパンにはちきれそうになるほど大量の素材が入っていた。
俺のやり方を見ていて覚えたのか、革からは肉がしっかりとこそぎ落とされており、状態がかなりいい。
これなら多少手を加えれば、すぐになめし作業に入ることもできるだろう。
それなら荷物はどこに……と思ったが、どうやら俺が持っている予備のマジックバッグを拝借していったらしい。
この調子だととんでもないペースで素材が溜まっていってしまいそうだ。
明日からはクラフトで大忙しだな。
中に入っている肉を取り出し、焼き始める。
大きな腿の肉は、恐らくは鹿のそれだろう。
食べてみると、以前口にしたことのあるワイルドディアーに似ている気がした。
中を確認すると、肉の数は素材全体からすると微々たるほどしか残っていなかった。
どうやら動き回っているからか、ジルの食欲はとてつもなく旺盛になっているらしい。
「ふうぅ……とりあえず寝るか……」
食べると今までの疲れがドッと出たからか、眠気が襲ってくる。
王都からベッドの素材は持ってきているんだが、今は組み立ててクラフトをするのも億劫だ。
俺は眠たい目を擦りながら寝袋を取り出し、そのまま蓑虫のように眠るのだった……。