私はあなたにあって変わった。
 良くも、悪くも本当の私になったのだ。

 ずるい自分も
 可愛くない自分も
 常識ある自分も

 全部どこかに置いて来てしまった……

 そして、私はもう最初の恋の他には
 誰にも恋をしてはいけないと思っていた

 だけれど……
 あなたへの気持ちだけは止められなかったんだ。

 誰にも言えない恋をした。
 私は恋愛なんてもうしないと思っていた。
 否、してはいけないと思っていたのだ。
 そう決めていた。

 旦那とは出会った時、運命の人だと思った。
 彼以外には好きになる人なんてもういない。そう思っていた。
 そうして今の旦那と結婚したのだから。

 それが私の人生でこれから先、恋愛をするなんて、そんなこと絶対にあり合えなかった。
 夫になった人は私の人生で一番大切な人だったのだから。

 けれど、そんな幻想は結婚3年目にして崩れ去っていた。
「どうしてこうなったの?」
 私の足元にお気に入りのお皿が落ちてきて、大きな音を立てて破れた。ショックを受けたけれども、それよりも旦那が私の心配など全くしてくれなかった事に私はショックを受けた。
「知らないよ!」
「あなたが悪いんじゃないの?」
「俺のせいだけにすんなよ」
 別に私はあなただけのせいになんてしていない。けれども、子供は二人で作るもので、どっちかが一人で頑張ってもしかたがないのだ。周りの友達は結婚して一年目で子宝に恵まれていた。
 私だって普段はこんなこと言わないし、思わない。けれども、一番の親友である子が第二子を妊娠したと知ってどうして自分の元には子供が来てくれないのか……。そう思うと悲しくなってしまったのだ。

 私はこんなことで言い争う日々がいつまで続くのだろうかと思っていた。
 そんな暗くて、前の見えないトンネルの中にいるような私に一筋の光をくれる人が欲しかった。
 別に全てをわかってくれなくても、少しでも「大丈夫だよ」と言ってくれる人が欲しかった。

 辛かった。私はふらふらと家を飛び出していた。
 そして、辿り着いた場所。

『R:Cafe』

 そのお店は自宅の近所にある小学校から少しだけ歩いた場所にあり、どうやら隠れ家的にその学校の先生も使っていたようだったのだ。そこで私は自分よりも5歳ほど下の彼、花茎先生に出会ったのだった。
 私は先ほどの愚痴を打ち明け、そして先生も新婚さんだというのに、レスだという事で話が盛り上がった。気がつけば午前0時を回っていた。
「先生、明日も授業あるんじゃないですか?」
「ありますけれど、今は友希さんのことの方が先じゃないですか?
「先じゃないですよ。私、怠け者の専業主婦ですもん。いつまででも寝れますもん。だから先生は先に帰ってください」
「こんなに泥酔いしている友希さんのこと、放っておく男に見えますか?」
「見えません!」
「でしょ?」
 っていうか、「カフェなのに、なんでお酒なんて置いているのー!」なんて叫ぶ私を花茎先生は優しくか介抱してくれながら語りかけてくれる。さすが教育学部。人間心理学なども勉強しているのだろう。 
 地元の専門学校を出ている私にはない知識を使って私の気持ちをどんどん楽にしてくれるのだ。
 でも、これって、得をしているのは私だけで、先生は全く得などなく、反対におばさんの愚痴を聞かされ、今日、家に帰れるかどうかも怪しいのだ。花茎先生に何も喜ぶべき点がない。
「先生はー、私を置いて帰っていいんですよ!だから、先生だから、私に優しくしてくれているんですよね?」
……と、私の記憶はそこで途切れていた。

起きると……

「花茎先生?!」
「あ、おはようございます」
「あの、私」
「大丈夫です。友希さん、あれから潰れちゃって、仕方ないのでホテルに泊まらせてもらったんですよ。どこに住んでいるかもわかんないので」
「あの、私……」
「大丈夫です!ここ、ビジネスホテルですし、俺、違う部屋にねたんで」
「今、何時ですか?」
「5時ですね。だから学校も間に合うので大丈夫ですよ」
「よかった……って、良くないですよ!」
 私が噛み付くと、先生は優しく笑って、このことはずっと内緒で。
 そう言って笑った。ああ、この人にこんなに迷惑かけて、合わせる顔もないなと思い。
 それと同時に、もう会うことはないのだな……そんな事を思った。

 ……そして、約10年がすぎて……
 今日は初めての参観日。
 私はその後、すぐに息子をありがたいことに授かった。とても元気に育ってくれ、今は小学3年生になったのだ。
 そして担任の先生を見た瞬間、息が止まりそうになった、いや、ほぼ止まった。
 そこにいるのは少しだけあの頃より大人っぽくなった花茎先生だったのだから。私の目の前で笑っている彼はあの人同じ姿で、社会人2年目から中堅の先生になった……そこが違った。
 そして、人当たりのいい柔らかな笑顔で言った。
「今年の担任になった花茎です。よろしくお願いいたします」
 間違いない。似ている人であって欲しかった。……私はあまりのことに失神寸前だった。
 やっぱり花茎先生だった。こんな珍しい苗字と、あんなにに優しい笑顔の人が何人もいてたまるか!もうはんばやけになっていた。
 ふらふらしながら私は教室から廊下へと出る。
(いきた心地がしないとはこのことだわ……)
 私はできるだけ先生と顔を合わせないようにした。でも、明らかに怪しい態度をとっていたようで、先生が私を心配する。この心配をする顔も、お節介なところも変わっていない。
「どうしたんですか?坂本くんのお母さん。体調でも悪いんですか?」
「いえ、ちょっと立ちくらみが」
「大丈夫ですか?無理しないでくださいね」
 そう言って少し真剣な顔をして、彼はまた教室に戻っていった。私は廊下の壁にもたれて息を整える。というか、先生ってポーカーフェイスだなって思う。私はこんなに一人で動揺しているのに、先生は全くなかった事にしているのだろうか?それともやっぱり別人?であってほしい。とまた思う。

 花茎先生は覚えていないのだろうか?それならそれがいい。なかったことにしたい。
 まさか10年以上経って、息子の担任として再会するとか本当に神様!何をしてくれてんだよ!と言いたくもなるものだ。
 しかも、先生のレスのことを聞いたが、私に方が弱みはたくさん見せている。穴があるならその中に埋まって、出てこないでおきたい……。

 あれは、あの日の私はおかしかったんだ。
 けれども先生が覚えているとは限らない。
 私は記憶を消すことにした。けれども、消すことなんてできない事実に気がついた。

「坂本くんのお母さん、体調治りましたか?」
 そう言いながら先生が私の前にくる。そして私のめをしっかりと見て、笑った。

 私は人生で2回目の一目惚れを、この時にしてしまったのだ。花茎先生に。
 目があった瞬間に先生は私のことを覚えていてくれていたのかは知らない。
 あの日だけの、ただ一瞬の記憶に私はしておきたかった。

 けれども、確かに何か瞳の奥で語っていて……。
 その瞳にやられてしまっていた。

 そうして彼がいう

(お子さん、できてよかったですね)

 なんだろう。
 その言葉が私には何かとてもやましいことをした気分になった。

 彼からは逃げられない。
 こうして私の恋が始まった。