「知佳……知佳? 大丈夫か?」

「あ、う、うん……大丈夫だよ」
 わたしは、智哉の呼び声で、我に返った。

「どうした? なにか考えごとでもしてた?」

「ちょっと、ね。いろいろ、思い出してただけ……」

「そっか、それならよかった。……そろそろ、加恋のとこにいかないとな」

「そうね……」
 わたしはそう言うと、小さな息をひとつ吐いた。

 わたしと智哉は、加恋が生きていたときの年齢をこえた。
 加恋は、わたしたちが十八歳のとき、事故に遭い、二十年の人生に幕を下ろした。
 今日は、姉の命日なのだ。
 わたしたちは公園を出て、しばらく歩いた場所にある墓地に向かった。
 墓地につくと、智哉は、感情の読みずらい表情をして、姉の墓石をぼんやりと見ていた。

「なあ、知佳……。俺は少しは加恋に追いつけたかな」

「さあ、どうだろうね。でも、いまのあんたを見たら、お姉ちゃんも少しは驚いてくれるかもよ」

「そうかなあ……」

「きっとね……。ねえ、もっと、自信を持ってよ。あんたは、わたしの初恋の人なんだから」
 わたしは、用意していたセリフとはまったく違うことを、さらっと言ってしまった。
 
 そんな自分に、わたしは、驚き戸惑い、あたふたしていた。

「ありがとな……。知佳。でも、俺は、やっぱり、加恋のことを忘れられないんだ」
 智哉はそう言うと、いままで見せたことのないような顔をした。

 その瞬間、わたしの目から、涙が自然と零れ落ちた。

「知ってる」
 わたしは、震える声で言った。

「ごめんな」

「どうして、謝るの?」

「だって……。いつもより綺麗にしてくれてるから……」

「あんたのそういうとこ、ずるい……」

 わたしたちは、その後、姉の墓石に背を預け、三人の思い出を語り合った。
 ふと、智哉の顔を見ると、智哉の目元が、柔らかな月明かりに照らされ、キラキラと輝いていた。
 わたしは、きれいだな、と思った。
 その涙は、誰にも邪魔できない、智哉だけの想いの結晶だから。
 
 月だけが、わたしたち三人を、静かに見ていた――。