私たちは、幼稚園の頃からの腐れ縁だ。
 姉の加恋は、私が見る限り、できないことの方が少ない女性だった。
 姉は、私と智哉より、二つ年上だ。
 私が姉には敵わないと最初に思ったのは、小学生の頃だ。
 私は走ることが好きで、智哉とよく競走をしていた。その頃の智哉は、まだ自分の大きな体をどう扱えばいいのか分かってなく、長い手足も、持て余していたように思う。
 私と智哉が競走すれば、私が負けることはなかった。
 ある日、公園で、いつものように競走をすることになった。

 智哉は、息巻いて、

「今日は負ける気がしない」

 と私を見下ろして言った。

 私は、

「そう、がんばってね」

 とだけ言って、ブランコの前に設定しているスタートラインに向かった。

 私が体を軽く動かしていると、智哉の間抜けな声がしたので、私は体をひねり、声の方に視線を向けた。
 そこには、加恋がいた。
 私は思わず目を見開いた。
 加恋は、私たちが競走をしていたことは知っていただろうが、競走や、走ることに興味を示したことがなかったからだ。

 わたしは、加恋に駆け寄り、

「どうしたの?」

 と声をかけた。

 すると、加恋は、

「私が、ここにいたら迷惑?」

 とわたしと智哉を交互に見ながら言った。

「そんなことないけど・・・・・・」

「俺もそんなことない・・・・・・」

「それなら、問題ないわね」

 加恋はそう言うと、スタートラインの方にスタスタと歩き始めた。

「え? どうしたの、加恋?」

「知佳は、訊いてばかりね。見ての通り。私も走るの」

 加恋は一度口にしたことは、必ずと言っていいほど実行しなければ気が済まない。

 わたしは、やれやれといった顔をして、

「わかった」

 とだけ言って、スタートラインに戻った。

 わたしがスタートラインにつくと、智哉もようやくやってきた。少しだけ戸惑ったような顔をしながら。

「スタートの合図は?」

「いつも、智哉が言ってるよ」

「そう。それなら、智哉君、いつも通りお願い」

「うん・・・・・・」

 わたしと智哉がスタートの姿勢になっても、加恋は棒立ちのままだった。

 わたしが加恋に視線をやると、加恋は、

「これで、いいの」

 と言って、ゴールである木を目を細めて見た。

「じゃあ、智哉。合図して」

「よーい、どん」

 智哉の合図とともに、わたしは勢いよく飛び出した。いつも通りだ。体も軽い。わたしは誰よりも速く走れる。
 そう思った瞬間には、もう、わたしの前を加恋が熟練の走者のようなフォームで駆け抜けていった。
 わたしは、どこかでこうなることを予想していたのかもしれない。驚きはしなかったから。
 結局、わたしが加恋の前を走ることはなかった。

 わたしは肩で息をしながら、

「どこで練習したの?」

 と加恋に訊いた。

「練習? 練習なんてしたことないわよ」

 と加恋は涼しい顔をして言った。

「加恋ちゃん、すごく速いね!」

 ようやくやってきた智哉は、息を切らしてはいたが、目を輝かせて言った。

 そのときから、智哉の瞳には加恋以外の女子は一度も映っていない。
 わたしが走ることをやめたのは、その件があったからだ。